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ように悲しみの縁にいるのだという事を、そして恐らくは、父親も同じ思いを抱いているのだろうという事を。
幼いながらも、沙良は、その事を感じとっていた。
それから沙良は、泣く事を止めた。
涙が溢れそうになっても、必死でこらえた。
いつも自分に優しく振る舞ってくれる母親に感謝し、母親の負担を少しでも減らしたいと思った。
その為に自分ができる事、それが泣かない事だった。
「お兄ちゃん…」
日が暮れかかり、夕日の差しこむ河原に向かって、沙良は呟いた。
沙良は毎日この河原に来ていた。
ここで兄が消えたのなら、もしかしたら、ここに戻ってくるかもしれない。
その時は、自分が一番に出迎えてあげよう。
そう思い、毎日欠かさず、この河原を訪れていた。
「お~い、沙良~」
不意に自分を呼ぶ声が聞こえる。
声のした方を振り返ると、鉄郎が自分に向かって走ってきていた。
「やっぱりここにいたんだな。もう帰ろう。おばさん心配するぞ」
自分に向かってそう言ってくる鉄郎を沙良は睨みつけた。
「な…なんだよ…そんな睨むなよ…」
鉄郎がたじろぐ。
沙良は別に、鉄郎が憎らしくて睨んでいたわけではなかった。
あれから鉄郎は、沙良をいじめなくなっていた。
それどころか、いつも自分を気にかけてくれていた。
自分が他の誰かにいじめられそうになった時は、鉄郎がすぐにかけつけて、助けてくれた。
そんな鉄郎に沙良は感謝していた。
しかし、今までの事を思うと、照れくさくて、なんとなく睨んでしまうのだった。
「べ~っだ!鉄っちゃんが来てくれなくても、一人で帰れるもん!」
鉄郎に向かって舌を出すと、沙良は鉄郎の横をすり抜けて歩いていった。
鉄郎は困惑しながらも、後を追う。
ところが、不意に沙良が立ち止まり、河原の方を向いた。
「明日…またくるね…お兄ちゃん」
どこにいるかも知れぬ兄に向かって一言つぶやくと、沙良は再び家路を歩き出した。
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