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そう言うと、光明は夕食を食べ始めた。 時代劇好きの父親は、事あるごとに、光明に剣道をさせようとしており、その度に光明は断っていた。 ただ時代劇が好きだからというだけではなく、いつも生傷が絶えない自分を心配して言ってくれている事はわかっていたし、光明自身、時代劇も剣道も決して嫌いではなく、むしろ好きな方だったが、どうしても習う気にはなれなかった。 もともと優しい性格の光明は、殴りあい等が好きではなかった。 沙良を守る為とはいえ、殴る事をよしとせず、いつもやられるままになっていた。 もっとも、そのおかげで怪我には慣れっこになっていたのだが。 「まぁケンカもほどほどにな。いただきます」 そう言うと、父親も夕食を食べ始めた。 その夜、パジャマに着替え、いよいよ布団に潜り込もうとしている光明に沙良が話しかけてきた。 手には何かを握っているようだった。 「どうしたの?沙良」 「お兄ちゃん、これ持っていって」 おずおずと差し出されたその手には、沙良が宝物にしている宝石の様に綺麗な赤い玉が乗っていた。いつだったか、近くの川原で見つけた光明が、沙良の誕生日にプレゼントした物だった。 沙良はそれをお菓子の空箱に大事にしまいこみ、毎日のように取り出しては眺めていた。 「でも、これ沙良の宝物だろ?」 「うん、でもお守り…お兄ちゃんが怪我しない様に」 いつも自分の為に生傷を負っている兄に対するせめてもの気遣いなのだろう。 光明はありがたくその玉を受け取ることにした。 「ありがとう、沙良。じゃあこれ借りて行くよ」 頭を撫でてやると、沙良は嬉しそうに微笑んだ。 「お兄ちゃん、おやすみなさい」 笑顔でおやすみの挨拶をすると、沙良は二段ベッドの下の自分の布団に潜り込んだ。 光明は、沙良が貸してくれたその玉を、大事そうにリュックの奥にしまいこむと、自分も布団に潜り込んだ。 「じゃあ行ってきまーす!」 リュックを背負い、お気に入りのテレビ番組のキャラクターをあしらった服に身を包み、買ってもらったばかりの新品の運動靴を履くと、光明は勢い良く家を飛び出した。 「こら!コウ!待ちなさい!」 背中から母親の声が聞こえてきたが、光明は立ち止まらなかった。 本当は、母親と一緒に待ち合わせ場所の幼稚園まで行くはずだったのだが、何度も通った道であり、何より親と一緒というのが気恥ずかしく、母親の準備を待たずして
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