天狗の弟子に

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夜の闇に包まれた山を一つの影が駆けていた。 木から木へ駆けるその姿は、人と同じような体躯(たいく)を持ちながら、およそ人のそれとはかけ離れていた。 身長2メートルはあると思われる全身は、真っ黒な羽毛に覆われ、その顔からは黒い觜(くちばし)が飛び出し、背中からは羽が生えている。 修厳者が着るような衣服を身にまとい、鉤爪のような手には錫杖を、足には下駄を履いている。 その影は鴉天狗だった。 名を天丸という。 天丸は闇夜の森を、木々を伝って駆けていた。 何か目的があったわけではない。 ただいつもの様に気ままに駆けているだけだった。 本人にとっては散歩している様なもので、天丸の好きな日課だった。 木々や動物達も眠りについている。 いつもの野犬の遠吠えが聞こえる。 いつもと変わらない平和な山を見ながら駆けていると、嬉しい気分になるのだった。 ただ、その日はいつもとは少し違っていた。 森を駆ける天丸の目に倒れている人影が飛び込んできたのだ。 ただ人が倒れているだけなら問題はない。 いつもの様に野犬の餌食にならぬよう、こっそりとふもとへ送り届けてやるだけだ。 しかしその人影は普段目にするものとは妙に違っていた。 天丸はそばへ降り立ち、その人影を眺めた。 人影はまだ幼い少年だった。 「なんやねん、このガキ…けったいな格好しとんなぁ…」 うつ伏せに倒れていた為正面からは見えなかったが、その少年の身につけている着物は、あきらかに普段目にする人間の着物とは異なっていた。 「おまけに…こら、なんや?」 天丸は、少年の傍らに落ちている奇妙な太めの棒を拾い上げた。 傾けてみると、重心が移動し、中から水音らしき音が聞こえてくる。 「中身は多分水やな…っちゅう事は、まさかこれ水筒かいな!?」 水筒と言えば、竹と相場が決まっていた。 しかし、今手にしている水筒らしき物は、あきらかに竹以外の物でできている。 真ん中は鉄のような物で出来ていたが、その両端は、今まで見た事がない物でできているようだった。 おまけに、その水筒らしき物には栓がなかった。 そのかわり、片方に切れ目が入っている。 「これ、どうやって開けるんや?」 すっかり興味を駆られた天丸は、その場に座り込み、いろいろと試してみる事にした。 切れ目に爪を引っ掛けてみたり、両端を持って引っ張ってみたり、捻(ひね)ってみたりした。 捻った時に、切れ目を境に互い違いに回転する事が
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