小箱

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コロコロ、コロリ。 コロコロ、コロン。 小さなその宝箱は、転がっていました。 箱は四角い形をしているので、いつかは止まります。 箱は名前を思い出してもらえませんでした。 懐かしい土地の名前だったような気がします。 或いは懐かしい肉親の。 コロコロ、コロリ。 コロコロ、コロン。 四角いのに転がっているということは、誰かが始めにそうしたのでしょう。 きっと前に進まなくてはいけなかったのです。 ひょっとしたら、角が取れ球になって、そのまま転がり落ちて、無かったことにされようとしているのかも。 いえ、でもやはりそんなことは無理なのです。 コロコロ、コロリ。 コロコロ、ストン。 箱が転がるのをやめました。 箱は鍵をなくされていたので、他人に乱暴に開けられてしまいました。 箱は、何も、言いませんでした。 箱から出て来たのは、懐かしい景色でした。 熱を持った畳や、古い和箪笥や、洋風なカーテン。 じとっとした夕方の、薄青い空。 彼女の愛した記憶。 「……どうして忘れてたんだろうか」 彼女は90歳になっていて、写真を片手に震えていました。 「……今となっちゃ、何も返せないってのに……」 それは辛い記憶の筈でしたが、彼女は胸に一杯になった愛を、確かに感じました。 彼女はまた綺麗に箱を閉じ、また転がしました。 「さぁ、夕飯をこさえなけりゃ」
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