花と虫

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「……キイチ、俺、ゲイだったみたい」 ある日、坂上君は僕だけにそう告げた。 学校からの帰り道で、夕暮れがとても綺麗だった。 「男の先輩に無理矢理チューされて、嫌じゃなかった。俺、先輩がっていうより、自分が気持ち悪い」 坂上君の横顔も、すごく綺麗だった。 「キイチは?俺のこと、気持ち悪い?」 そんなことを聞く、坂上君は。 僕が知るどんなものよりも、一番に綺麗だった。 「ううん、……全然」 僕は、それだけ答えた。 僕は38歳になった。 結婚はせずに、ただ毎日仕事を繰り返し、睡眠をとる。 きっとそのまま死んでいくんだろう。 ある日電車で、懐かしい面影を見た。 坂上君だ。 坂上君は、綺麗な女性の格好をしていた。 清楚な青の花柄のワンピースに、グレーの、荒く編み込まれたニットのカーディガン。 「……キイチ」 坂上君は、僕を見て、呟いた。 間違いない、やっぱり坂上君だ。 一目で分かった。 すぐに感じた。 多分、お互いに。 ああ。 僕はその電車から走って降りた。 心臓の動悸に耐えられなかったから。 やっと解った。 僕が人生において、他人に性を全く感じないのは、 ……君の存在全てを、こうして強く感じる為だったんだ。 欲しくて。 恐い。 こんなもの……。 僕の躯は、まるで虫を食べて生きる植物のように生々しく、息づいた。 「あ……、ふぁっ」 人混みの中、僕は果てた。
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