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不良グループの失踪。それは世間的には小さな記事にもならない些細な出来事であったが、秋山秋人(あきやまあきひと)の通う桜庭高校では一大トップニュースであった。
三時間目の授業が終わり休憩時間に入った今も、皆がどこか浮き足立った様子で朝から何度となく繰り返しているその話題についての憶測を論じあっている。
桜庭高校は特別風紀の乱れた高校ではない。しかしそのせいか昔ながらの硬派な不良は居らず、悪さをするのは得てして狡猾(こうかつ)な者ばかりであった。
それがかえって善良な生徒達にとっては性質(たち)が悪く、今回の事件も騒ぎこそするが心底心配する者はいなかった。
穏やかではない内容の噂話を囁き合いながらも、事実は家出の類なのだろうというのが大半の者の本心であった事も、彼等のお祭り気分に拍車を掛けていたのであろう。
一方、秋人はというとその輪に混じる事はなく、授業中から腕を枕に机に突っ伏していた。
「ねぇ起きてよ秋人ー」
その秋人に先程から呼び掛けているのは秋人の幼なじみ、桃山春香(ももやまはるか)だ。
秋人は狸寝入りを決め込もうとしたが、肩を掴まれ激しく揺さぶられるのでそれも難しくなってきていた。
秋人が春香に取り合わないのには訳がある。
春香が嫌いな訳ではない。むしろ、異性としてではないが完全に好意を寄せている。
では小学生が好きな子に意地悪をしてしまうように、恥ずかしがってそのような行動を取ってしまったのかと言うとそういう訳でもない。
好きだと言っても春香は秋人にとって妹のような存在であり、異性としての好意はゼロではないにしても殆どない。だから、顔を見ただけで赤面してしまったり、本人を前に上手く話せなくなってしまったりなどしない。
では何故秋人は春香を無視しようとするのか。それには至極簡単な理由があった。
「ねぇ秋人ー、ねぇったらー」
更に春香の与える振動は激しさを増し、机がガタガタと音を立て始める。秋人はついに観念して顔を上げた。
それでも無視されて不機嫌な春香は、鬱憤(うっぷん)を晴らすべく揺さぶるのを止めない。
「あーきーひーとー」
「分かった分かった、起きたから止めてくれ」
口を尖らせている春香の頭に、秋人はポンと手を置いた。拗(す)ねた春香を宥(なだ)める子供の頃からの癖である。
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