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「この書類なんだけど」 香奈子が取り出した、一枚の紙。 「何も言わないで、ここにあなたのサインと印鑑を貰えない? 持ってきて無いなら、拇印でいいから」 「……なんだよ、これ」 書類の中味を見て、治の表情が凍りついた。 中絶手術の同意書だって? 「何で堕ろすんだよ? せっかく授かった命なのに!」 「早く書いてくれないかな?」 面倒な話はしたくないのか、香奈子は煙草を取り出し火を点けた。メンソール系の細い煙草は、サロンで手入れされた香奈子の指によく似合っていた。 だが、妊娠二ヶ月の身体に良い行為とはとても言えない。 「煙草は赤ちゃんによくないぞ……」 「何よ、あなたの落ち度でしょ? 元々遊びだったんだから。迷惑してるのはこっちよ」 呟くような弱々しい治の抗議に、香奈子は冷たく吐き捨てるように言い放った。
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