影 落ちる刻

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天高く打ち上がった水柱が、“墜落”した戦艦の海面への着水を知らせる。 国葬の会場がある港湾部から少し離れた場所に落ちた戦艦は、水柱と共に大波を生み出した。 海に背を向けていた参列者達は、三○○○○トンにも迫ろうという鋼鉄の塊が数百メートルから叩きつけられた事で発生した爆音を聴くまでその殆どが気づかなかった。 一斉に彼らが振り向いた時には、既に津波は目と鼻の先にまで迫っていた。 席を蹴って逃げようにも、何が起きたのかも把握出来ていない前列の将兵達が邪魔で逃げられない。 散り散りにもなれない兵士達の絶叫がこだます中、巨大な水の塊は特殊コンクリートの港に直撃、炸裂した。 不幸中の幸いは、港湾部に使われていた特殊コンクリートがその名に恥じない強度を発揮したこと、そして落下地点が離れていたこと。 コンクリートを捲り返し、大量の海水が参列者達を押し流す。 大災害とも呼ぶべき津波本来の破壊力と殺傷力は半減していたが、その海水は参列者を吹き飛ばし、或いは海へ引きずり込むには十分過ぎる量だった。 そして一部始終を目撃していた啓太は、その間そこから動くことが出来なかった。 全く理解と想像の範疇を超える出来事を前にし、警備という任務も忘れ、啓太はただ見入っていた。 「……何が……」 言葉も見つからない。 ある者は吹き飛ばされ、ある者は海へ流される。 視界に入った阿鼻叫喚の映像を呆然とやり過ごしていく啓太の飽和した頭にまるでバットで殴られたような衝撃が走ったのは、式典会場の側面に居並んだWF【睦月】の弔砲隊が、素早く反応して跳躍した先頭の数機を除いて海水に足を取られ、横転した姿が目に入った時だった。 「少佐……!?」 大竹の【睦月】がいったいどれであったのかはわからない。 しかし、転倒した【睦月】が先に伏していた【睦月】の上に倒れこんでその装甲をひしゃげさせる様は、啓太に正気を取り戻させるには十分だった。 「美咲っ!!」 通信ボタンを叩き、啓太は僚機であり、すぐ近くで同じ光景を目の当たりにしていたであろう美咲の名を呼ぶ。 〈け、啓太! これって……〉と、真っ青な顔を返してきた美咲に、啓太は声を張り上げた。 「行くぞ!!」 そしてフットペダルを踏み込み、実弾を積んだ機関砲を抱えて飛び出す。 海面上には、船底の原形をとどめていない黒い戦艦が、不気味に浮いていた。
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