紅の記憶

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あの日は底抜けに、空が蒼かった。 家族が唯一欠ける事無く集まる日。 十一歳の姫野啓太にとって、西暦二二○○年の元旦とはそういう特別な意味を持っていたはずだった。 愛想が良いとは言えない父方の祖父の家で暮らす自分の境遇を正直不幸だと思っていたし、子供にしては海外で働く両親の都合というものをよく理解してはいたものの、目一杯のおしゃれをして運動会にまで出張ってくる祖母の愛を理解するには、啓太は子供すぎたのだった。 別々の会社で全く別の国に単身赴任している両親が両方同時に家に帰ってくる日。 それが正月だからなのか、偶然なのか、そんな事はどうでもいい事だった。 啓太にとって大切なのは大晦日でも正月でもなく、両親と過ごすその数日間だったからだ。 成田で合流し、東京で一つ用事を済ませて帰るという電話越しの両親の声ですら啓太への最高のプレゼント。 電車が遅れているから年越しには間に合わないと言った父親の申し訳なさそうな言葉も、さしたる大事ではなかった。 眠い目をこすりながら、視てもいないテレビの前に座って両親の帰りを待った。 下らないお笑い番組が突然臨時ニュースに切り替わったのは、年を越して十分が経過した頃だった。 ごうごうと上がる火の手を背景に、まるで台風中継のような形相で男性アナウンサーがマイク片手に何やら叫んでいた。 ――エネルギー資源を巡る国連との一連の抗争に敗れた【月面都市国家】による先制攻撃。 特殊なビーム兵器に焼き尽くされた東京タワーとその周囲の姿があった。 このビーム兵器“紅の光”は、地球への強襲作戦における月軍の降下ポイントとして東京タワーを中心に半径数キロを完全に焦土と変えたのだという。 なんというか、つまり戦争が始まったのだが、テレビの前で立ち尽くす祖母と画面を順々に見比べながらも、啓太にはやはり何の事を言っているのかわからなかった。 頭はいつ両親が帰ってくるかでいっぱいで、啓太にとってはテレビの内容などバラエティー番組であろうが野球中継であろうが、政治家の討論会であろうが関わりの無い話だった。 気がつくと啓太はソファーで眠っていて、啓太の西暦二二○○年の元旦は、祖母の嗚咽で起こされ、始まった。 『お父さんとお母さんは死んだ』 包み隠さず、寡黙な祖父は目に涙を浮かべながら啓太に言った。 寝呆け眼を、窓の外にやる。 底抜けに、空が蒼かった。
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