影 落ちる刻

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「日本にもあんなに上手に飛べる男の人がいたなんてね」 腕を組み、思い返す口振りで自らを納得させるようにエレナはうんうんと何度も頷く。 考え込むように閉じていた目を左目だけ開き、彼女は啓太を見上げた。 「こーふんして、本当に撃っちゃうとこだった」 舌を出し、エレナは笑う。 無邪気な笑顔の下に見え隠れする悪意の無い殺意に戦慄し、啓太は言葉に詰まった。 引金の引き方を知りながら、しかし決して引く事を許されない職業。 撃てば戦争の世界で、軍人とはそういうもののはずだった。 だから世界は今、特に啓太達日本人にとっては、底抜けに平和なのだ。 こちらが引かなければ相手も引かない“かもしれない”。という、余りに不安定なバランスを簡単に潰し、覆してしまえる人間がこの世にはいない、前提で。 「邪魔が入らなかったら、もっと楽しいコトできたのにね?」 あの時、二人の間に大竹の【睦月】が割って入らなければ、この少女は引金を引いたかもしれない。 至近からの対WF破甲弾の直撃を受け、人間の身体など粉々にしてしまえる巨大な弾丸に吹き飛ばされていたか、ひしゃげた装甲に肉体をズタズタに引き裂かれていたかもしれない。 自分の“敵”と相対する事への甘すぎた認識が、全身にいやな汗をかかせる。 片方でも理屈が通じなければ瞬く間に崩れ去る身の安全の脆さに、啓太は足下がふらつく感覚に陥った。 「あれ。固まってる」 身長が一五○センチもなさそうなエレナが、啓太の顔を覗き込もうと背伸びする。 「もしもーし」と呼び掛けながらのびてきた少女の細い指が頬に触れ、啓太ははっとして思わずその右手を掴んでしまった。 呆気にとられた様子で「おろ?」とこぼしたエレナと、一瞬の沈黙の分だけ啓太は目を合わせ続けた。 啓太が目を背けてもエレナはじっと啓太の瞳を見つめ、そして口角を上げる。 「……やっぱり楽しいね、キミ。名前きいてもいい?」 右手を掴み上げられたまま、エレナはにっこり啓太に笑いかけた。 隣の美咲と顔を見合せ、啓太は口を開く。 「啓太。姫野啓太准尉だ」 「けーた。やっぱり楽しい名前だね!」 「わけわかんねー」 ついていけない少女のテンションに押されるまま、啓太は掴んでいた彼女の手を離した。 「あわわ」 爪先立ちだったエレナが、あり得ないタイミングでたたらを踏み、大きくよろめいたのはその時だった。
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