紅の記憶

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〈お、大竹少佐!?〉 美咲の狼狽えた声。 二人の会話や美咲の【睦月】の動きは当然千歳基地から筒抜けで、無線からは、頭を抱えているであろう若き少佐のため息が聞こえてくるようだった。 〈俺がいないだけでそれか? 考えろ〉 〈申し訳ありません!〉 音声だけの通信なのに、コクピットで頭を下げているに違いない美咲の恐縮しきった声。 〈聞いてるか? イーグル2〉 〈啓太!〉 「すみません、隊長。調子に乗り過ぎた」 はぁ、という露骨なため息がもう一度聞こえ、〈わかったならいい。警戒を怠るな〉と発せられた言葉と、美咲の〈はいっ!〉という言葉が全く重なった。 〈……ばか〉 「うるせえ」 それきり憎まれ口を利かなくなった美咲の【睦月】の気配を背後に感じながらも、啓太はコクピットの電子機器に目を素早く走らせていた。 レーダーに捉えた二つの影、可変WF【ミグ】。 戦闘機形態と格闘形態――つまり飛行機型と人型に変形する事の出来る次世代の戦闘機。 Walking Tank(歩く戦車)という間抜けな名前を付けられたWTと呼ばれる歩行兵器と決定的に違う、Walking Fighter、WF。 こちらも“歩く戦闘機”という事で、今だに馬鹿にされている部分があるにも関わらず、既に世界各国の軍隊で主力兵器として出回っている始末で、「SFじゃあるまいし」と笑い者にされ、失意の内に世を去ったWTとWFの父カーネル・アンダーソンも報われない。 帝政ロシア空軍の【ミグ】もアンダーソンが直接製作に関わったと云われているだけに侮れず、性能は【睦月】と互角とされている。 〈アグレッシブね〉 両敵機に対する美咲の評価に、啓太は全面的に同意した。 防空識別圏内に侵入した時点で千歳基地を飛び立った啓太と美咲の【睦月】に気付いていないはずはなく、攻撃する意思がないならそろそろ引き返しても良い頃合いなのだが、今回の【ミグ】にその様子は見られない。 まさか領空侵犯まで強行してくるとは思えないが……。 〈千歳基地、聞こえますか? 【ミグ】に未だ反転の動き無し〉 〈そのようだ〉 美咲と大竹のやりとりを半分も耳に入れず、啓太は蒼い空の彼方に確かにある二つの存在を直視していた。 平和な世界にあって尚、牙を失うまいとあがく北の無法者共を。
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