影 落ちる刻

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「うわ、ちょっと!!」 まるでバナナの皮でも踏んだかのように大々的に態勢を崩したエレナに美咲が慌てて手を伸ばすが、啓太はそれを右手で制する。 びっくりした顔で見返した美咲に構わず、啓太は地面へ顔面から突っ込みそうで突っ込まないエレナの白い髪を見下ろした。 「おっとっとー……………………あれ。引っ掛からない」 「当たり前だろ!」 片足立ちから、何事も無かったように二本足で立ったエレナの頭を、啓太は平手ではたいた。 「おっかしーなー。ロシアの男の人だったらだいたい手を差し伸べてくれるはずなんだけど」 「お前の国大丈夫か?」 頭をさすりエレナは首を傾げる。 「わざと転んで、助け起こしてもらったら、上目遣いでキラッ」 啓太の両手を取って身を乗り出し、目をキラキラさせながら、「どう? キラキラ来た?」と重ねたエレナに、「いや別段……」と返す。 それを聞いた途端に手を離し、むくれたエレナは地団駄を踏んだ。 「もうっ、これじゃボクただの痛い子じゃないか!」 「お前ホントなんなの!?」 本気で付き合いきれない啓太が追い払おうとすると、彼女はがっくりうなだれてその場に尻をついてしまった。 ため息混じりに、言葉を絞り出す。 「九十九勝二敗かー……はあ……」 「お前の国、はじまってるな」 肩を落とし三角座りで膝を抱えたエレナを見下ろし、啓太が彼女の母国を心配すると、隣の美咲が「二敗?」と聞き返した。 自信を失った顔をこちらに向けたエレナが、「そうだよ」とぽつり。 「大佐の時は本当に石に躓いたのに……」 「無視よ!」と嘆きながら膝に顔を埋めたエレナは、しばしの沈黙の後、いきなり顔を上げた。 「……わかった」 何が。と問う前にエレナは跳ね起き、思わず後退った啓太の手をとってずいと顔を近付ける。 真剣な眼差しで見つめられ、赤面したのもつかの間、エレナは啓太の瞳から全く目を離さずに続けた。 「だからけーたは、大佐と同じ目をしてるんだね」 全身があわ立った。 あの一瞬目が合っただけでも寒気の走った、殺気とも悪意ともつかない気配が頭の中を駆け巡る。 「それはどういう……」 啓太が尋ねる前に、その手は離れていってしまった。 勝手に納得した様子で輝くような笑顔を残したエレナはぴょんと飛び退いた。 「楽しかったよ、けーた」
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