影 落ちる刻

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天高く突き抜けるような快晴と、突然訪れた真夏の熱気。 活発化した太平洋高気圧が前夜に広がった雲霞を瞬く間に蹴散らし、二週間程前に一段落したはずの酷暑の再来を人々に予感させる。 日本皇国空軍大将、大隅義一郎の国葬が執り行われる九月二十日は、まるで真夏の昼下がりのように、白にも近い空の色を湛えていた。 海一面に浮かぶ銀色の戦艦群と、空を埋め尽くす航空巡洋艦が整然と居並び、横須賀基地を囲むように陣形を組む。 壮観としか形容のしようが無い光景を、WF【睦月】の暗いコクピットの中から眺め、啓太はため息をついてシートにもたれかかった。 ここからは遠すぎて、式典の内容はよくわからない。 カメラアイのズーム機能を使えば良いのだが、あまりキョロキョロとカメラアイを動かすと、美咲辺りが「落ち着きがない」と小言を垂れてくる事はわかっていたので、式典の向こうに広がる海原と戦艦群を観察する事にとどめておく。 大竹のオマケとして半ば倉木の気まぐれのような形でついてきただけの二人に与えられた仕事は、喪章代わりに黒く塗られた【睦月】を他の警備の【睦月】と並ばせ、できるだけ強そうに立っている事だ。 美咲の言葉を借りれば、“憧れのひばりお姉さま”や“麗しのガラハッド嬢”といった有名人と顔を合わせる事も無い。 昨夜、狩野恵美という名の大佐と出会った事ですら、警備員扱いの啓太達にとっては奇跡に近い事だった。 〈啓太。まさか寝てないでしょうね〉 今まさに啓太が腕を枕にしてやろうとしたことに、通信越しの美咲が釘を刺す。 図星に言葉を詰まらせそうになりながら、「バカ言え」と返した啓太は、しかし右腕に寄り掛かる頭を持ち上げようとはしなかった。 左手だけ気だるそうに動かして、【睦月】のデュアルアイが左右に動かない程度に視界を移動させてみる。 横にズームインとズームアウトを繰り返し、空に浮かぶ戦闘艦艇へと視界を移した啓太は、その中に一際巨大な戦艦の姿を認めていた。 帝政ロシアのインペラートル級戦艦【エカチェリーナ】であると【睦月】の機体認識システムが教え、啓太は眉をひそめた。 あれこそ、昨晩会ったばかりのシュトルーベ大佐の乗艦。 ――エレナ曰く、自分と同じ目をした男の。 核燃料を用いたエンジンを四基も備えた図体を海面すれすれに浮かばせ、【エカチェリーナ】は海に面した会場で厳かに執り行われている葬儀を見守っていた。
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