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「――先の大戦においても、大隅義一郎大将は連合艦隊旗艦【天照】の指揮を執り、月軍部隊のことごとくを討ち取り我が日本皇国の……」
献花台に手向けられた真っ白な花々の前で紺色の礼装に身を固めた男が読み上げる弔辞に、狩野恵美はずらりと並んだ士官達の席の一つに座り、耳を傾けていた。
壇上で白い紙を震える手で広げている彼こそ、妹の養父にあたる近衛英司准将。
もう十年も前に病死した父の元部下であると共に親友で、まだ中学生だった芳美を養女に迎えてくれた恩人だ。
半ばやさぐれていた自分は、父に可愛がられ、養父にも甘やかされた芳美に羨望の眼差しを送っていた時期があったものだが、真っ直ぐ育ってくれた七つ年下の芳美を見れば、今では感謝以外の言葉は出ない。
大隅の信頼も厚かった近衛准将の少々長めの弔辞を聞く恵美の後ろから、まるで自分に聴かせる為に発したように大きなため息が届いた時、恵美は危うくうとうとと眠りに落ちる所だった。
「あと二十年は生きる勢いだったんだがなぁ。あのジジイ」
少し首を傾け、「寂しいかしら?」と返した恵美は、後ろの男が「寂しいねぇ」と呟くのを、微笑を浮かべて聞いた。
「あのげんこつ、痛かったな」
「私は殴られた事無いわ」
「そりゃ姐さんは優等生だからね。粒子加速機で目玉焼きを焼こうとはしないだろ」
彼が笑う気配を背中に感じながら、そういう話を夫から聞いた事がある事を思い出し、恵美は続ける。
「うちの亭主も一枚噛んでたのよね?」
「噛んでたどころの騒ぎじゃねぇ。寮から卵をくすねてきたのはあのバカだ」
「あら、そうだったの?」
それは初耳だった。
四つ年上の夫、京一の士官学校時代の話は幾度か聞かされてきたが、大部分の思い出話で悪ガキとされているのが、今ちょうど恵美の後ろに座っている二宮大尉である。
彼の提案に京一ともう一人、五十嵐ひばりがつき合わされる形が多かったと、恵美は聞いていた。
どうやら事実とはだいぶ異なるようだけれど。
「逃げる途中に捕まって一発。教官室で一発。翌朝の朝礼で一発。三人揃って頭にたんこぶ三つこしらえて……痛かったなぁ、げんこつ」
頭に三つずつこぶがある三人組が教壇の前に立たされている姿を想像し、くすりと笑った恵美は、「お久しぶりね」と肩越しに彼を振り返った。
「ロシア料理は口に合って?」
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