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それから、生活の様子や子育てについて根掘り葉掘り聞かれてへとへとになった亜希が茶のおかわりを取りにキッチンに立っていると、ゆう子が思い出したように声を上げた。
「あっ。亜希、ちょっとテレビ」
「え? あ、うん」
冷めかけた紅茶を一気に飲み干したゆう子が、亜希の返事を聞く前にテレビに向き直る。
リモコンを手に持った亜希に、「国葬の中継、見てみようよ」とゆう子。
「艦長が映ってるかも」
亜希が毎朝の楽しみにしている連続テレビ小説のままのチャンネルに、大隅大将の国葬の中継が映る。
規則正しくずらりと並んだ将兵と、それを左右から囲む、黒く塗られたWFの列。
「あの前の二機、狩野中佐とひばりお姉様らしいわ。信也君のは……」
「わ。懐かしい」
「艦長はどこかしらね」
「たぶん居眠りしてるんじゃないかな」
「……言うわね亜希。そうに違いないわ。バカ面を探して!」
「そんな事言って、私知らないよ?」
かえではおとなしく、亜希の膝の上。
二人のやりとりも耳に入っていない様子でテレビに見入っていた。
普段ならばあちこちに興味が行ってなんとか母の膝の上からの脱出を試みようとする。
日曜朝のアニメ『傷物天使まなみちゃん』以外の番組にかえでが興味を示すのは珍しい事であったが、ゆう子と一緒に“バカ面”を探すのに夢中になっている亜希はそれに気付かなかった。
「ちょっと! 政治家なんか映したってしょうがないのよっ。バカはバカでも、バカ違いだわ」
「艦長さん、私は何も言ってませんから」
天に向かって言いながら、それでも亜希はテレビ画面に視線を巡らせる。
厳かな雰囲気を切り取ったテレビ画面がスクロールし、紺色の軍服達を順々に映していく途中で、亜希の懐でついさっきまでおとなしくしていたかえでが俄かにぐずり始めた事に最初に気付いたのはゆう子だった。
「あれ? 亜希、かえでが……」
「?」
亜希が見ると、蒼い目に溢れ出るほど涙を溜め、かえでがぐすんぐすんとむせいでいる。
テレビそっちのけでかえでを膝の上で向き直らせ、亜希はその顔を覗き込む。
突然機嫌を損ねた理由もわからず、亜希がオムツの確認をしようとした時、かえでがまるで弾かれたように大きな声で泣き叫んだ。
「あわわ」とゆう子。
抱き上げてあやしながら、しかし亜希はこの泣き方を知っていた。
かえでが、何かに怯える時の泣き方だった。
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