紅の記憶

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日本皇国空軍第二航空団所属、大竹信也少佐は千歳基地の管制塔で、北海道と周辺を拡大した地図と、そこに投影されたレーダー情報を穴が開く程睨み付けていた。 防空識別圏に我が物顔で入り込み、皇国の領空に接近する二つの影、ロシアのWF【ミグ】を目で追い、その動きに尋常ならざる空気を感じていたからだ。 長年、というには二十六歳という年齢は若いが、修羅の巷をくぐり抜けてきた事を自負する信也にとって、レーダー上であろうとも本気の敵とそうでない敵の違いはなんとなくわかる。 ……あの男ほどではないけれど。 そして今回は、残念ながら前者だ。 この基地や札幌を狙っているとは考えにくいが、何らかの意思でこの国へ土足で踏み込んできている事は間違いない。 そして事実、二機の【ミグ】は皇国が定めた防空識別圏をあと数分で突破する見込みである。 スクランブルの数と比して圧倒的に数が少なく、そして仕掛けるなら両国にそれ相応の覚悟が要る敵対行為――領空侵犯だ。 「イーグル2、3。一七○秒後に【ミグ】が我が国の領空を侵犯する可能性がある。敵機に警告を行う覚悟をしておけ」 〈えっ?〉 素っ頓狂な声を上げたのは美咲だろう。 優等生であるのに臆病な面が拭いきれない彼女に任せるのは心許ないが、今は彼女に任せる他に無い。 特に姫野啓太准尉との二択を迫られれば。 〈り、了解〉 「近付き過ぎるなよ」 一拍遅れ、小さく〈了解〉と返した美咲を落ち着かせる為、信也は努めて明るい口調で彼女に手順の確認をさせようとした。 一連の手順は訓練されているはずだが、今までのスクランブルでは自分が全てそれらの警告等は行ってきた為、彼女には経験が無いからだ。 「先ずは日本皇国空軍機である事を名乗れ」 領空侵犯を行使してくる【ミグ】は信也にとっても初めてで、今回に限り訓練の為と二人だけで行かせた事を後悔しつつ、そこから威嚇射撃、戦闘、といういくつものプロセスを頭の中で踏み、それらを噛み砕いて美咲に説明しようと口を開きかけた、その時だった。 〈え……ちょ、ちょっと! 啓太!?〉 美咲の悲鳴にも近い声が、信也を含めた管制塔の兵士達全員を棒立ちにさせたのは。 〈待って! ダメ!〉 「イーグル3、何があった!?」 通信兵の一人がマイクに噛り付いた時には、美咲の慌てようから全てを察した信也は管制室を飛び出していた。
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