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絶好調の高気圧がもたらした真夏の空が、燦々と輝く太陽に照らされた海の色を映し出す。
空に点在する航空巡洋艦がそのエンジンの熱を帯びてゆらゆらと空気をかき乱す様子は、さながら水面のように見えた。
遠くで響く弔砲の音が耳に心地よく、啓太はその水面のように透き通った空にゆっくりと手をかざす。
【睦月】のデュアルアイが捉えた映像に過ぎなかったが、高画質ゆえか、気分の問題なのか、よく澄んだ水面にその手は吸い込まれていくようだった。
ふう。と深呼吸し、もう一眠りする時間はあるだろうか、とぼんやり考えた啓太は、太陽の光が眩しいメインビューの画像を切ろうと操縦桿の横にあるボタンに手を伸ばす。
既に半分寝ている寝呆け眼が、その視界の端で起こった異変を捉えたのは、ちょうど右手の人差し指が青く光るボタンに届いた瞬間だった。
ふと手を止め、広大なメインビューへと目を戻す。
画面ぎりぎり、上縁部になんとか映っていた“それ”を見て、啓太は絶句した。
「な…………ッ?」
ぐにゃり、そういう擬音が最もわかりやすく現状を表現していた。
核燃料を用いて稼動するエンジンが生み出した気流の乱れとは一線を画す。
あり得ないねじ曲がり方と、あり得ない大きさの……ぐにゃり。
蒼く透き通った空の一角が、大きくねじ曲がっていく。
背後の薄曇も、太陽の光も、いっさいがっさい飲み込んで。
蒼いペンキを垂らした水が排水溝に流れていくような光景だった。
信じられない光景で飽和した頭が、穴でも空くのか。と、やっと思考をひねり出した時、事実、横須賀基地上空には大きな大きな黒い穴が空いていた。
正確には黒い穴ではなく、黒い、影だ。
巨大などというレベルではない。
ロシア空軍のインペラートル級航空戦艦と同等か、それ以上。
ほんの数秒の前触れとは全く釣り合わない、あまりに唐突に現れた巨大な構造物。
それは船だった。
「戦艦……!?」
文字どおり降って湧いた船は、砲門を甲板に無数に備え、そして、航空戦艦に無くてはならない推進エンジンを一つとして備えてはいなかった。
正真正銘、海を渡る為の船。
本来、空を飛んでいてはいけない代物だった。
一体どれだけの人間が、目の前の事象を素直に受けとめられただろう。
船は暫し浮遊していたが、まるで思い出したかのように、本来在るべき海へと、啓太の目の前で地球の物理法則に従い落ちていった。
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