紅の記憶

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〈啓太、ふざけてる場合じゃないのよ!?〉 慌てて追ってくる美咲の声が耳に届くのも無視して、啓太は愛機のスピードをぐんぐん上げ、領空に差し掛かりつつある【ミグ】に突っ込んでいった。 ちょうど領空に侵入した瞬間にぶつかる計算。 身体にかかる負荷が心地よい。 【ミグ】は直進を続け、こちらの挑戦に応えるかのように速度を緩めない。 レーダー上に示された、領空を表す赤いラインのすぐ脇に【ミグ】のマーカーが点滅しながら迫り、そして……。 「【ミグ】の領空侵犯を確認。……撃墜する」 〈馬鹿っ! 色々すっ飛ばし過ぎ!〉 ラインを【ミグ】が意にも介さず通過した時、“鷹”と大竹から称された啓太の視力は、既に先頭の【ミグ】を捉えていた。 美咲の声も、管制塔からの命令も耳には届かない。 ゴマ粒ほどの大きさにしか見えない【ミグ】は真っ正面。 操縦桿の赤いボタンを親指で押せば、機首下部に取り付けられたガトリング砲が自動ロックで火を吹き、【ミグ】を一瞬で鉄屑に変える。 「来いよ、ロシア野郎……!」 そう啓太が毒づいた時には、【ミグ】と【睦月】の距離は至近にまで肉迫。 マッハ2にも迫る二つの機体は、石狩湾上空で擦過した。 ジェットエンジンが生み出した爆音と衝撃波がコクピットの啓太を襲う。 臓物が上下する感覚を楽しみながら、啓太は振り向いて【ミグ】を追った。 ついぞ今激突寸前の擦れ違いを起こした【ミグ】は、そのまま美咲の【睦月】にも爆音と衝撃波を振りまいた。 相手も相当の好き者らしい。 先頭の【ミグ】と違い、後続の僚機は引き返すような素振りを見せている。 美咲と同じように、僚機の行動に戸惑っているようだ。 かのパイロットもまた、真っ直ぐ進んでくるこちらを見て興奮を抑えきれなくなったのかもしれない。 啓太は一気に旋回し、同じ向きに旋回してきた先頭の【ミグ】と円を描く。 そして先ほどのように擦れ違う寸前、啓太は【睦月】を戦闘機形態がら白兵形態へと変形させた。 ロボットアニメのように時間は取らない。 折り畳んでいた身体を元に戻す要領で、戦闘機は一瞬で人型に変形した。 驚いたのは、相手の【ミグ】も同じ事を考えていた事だった。 【ミグ】もまた人型に移行、足の裏のスラスターを逆噴射して一気に減速。 機首下部についていたガトリング砲を銃のように構え、二機は全く同時に、互いに向き合いながら上空で静止した。
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