ひとりぼっち

5/10
前へ
/46ページ
次へ
       恋愛なんて、一度もしたことがない。もちろん、片思いも含めてだ。  恋愛感情なんて分からないし、それが特別必要なものだとも思えない。  だから、松峯恭司にそういう感情を抱いてみるのもいいと思ってた。  だって“好き”とかって所詮は―――思い込み、でしょ。 「お久しぶりです。大きくなられましたね。あんまり綺麗だから見違えたわ」  母親がそう言って笑うから、私も微笑んでおいた。能面みたいな笑顔で。 「いえ。おばさまこそ、お変わりなく」  彼だって、私と同じ。能面みたいな、微笑。  しばらく二人の世間話を聞いていると、いきなり私に話を振られた。 「日向、恭司さんを別宅までご案内してさしあげたら?」  母親の言葉に、私は作った口元で『ハイ』と一言。 「こちらです」 「よそよそしいな。一応は婚約者なんだが?」  目も合わさない私に、彼は もっともなことを言う。  彼は私の隣を歩く。私は前だけを見据えて、松峯の別宅を目指した。 「なあ」  ふいに、彼は私に話し掛ける。  だから『なんですか』と穏やかな口調で教科書通りの言葉を返した。 「お前は、俺と結婚するのが不満か?」  聞かれたのはあまりにも予想外な言葉で、思わず立ち止まった。  ―――不満。  確かに退屈だとは思っているけど、不満なわけではない。  それに不満なのは、私じゃなくて彼のほうだと思うし。  
/46ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加