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恋愛なんて、一度もしたことがない。もちろん、片思いも含めてだ。
恋愛感情なんて分からないし、それが特別必要なものだとも思えない。
だから、松峯恭司にそういう感情を抱いてみるのもいいと思ってた。
だって“好き”とかって所詮は―――思い込み、でしょ。
「お久しぶりです。大きくなられましたね。あんまり綺麗だから見違えたわ」
母親がそう言って笑うから、私も微笑んでおいた。能面みたいな笑顔で。
「いえ。おばさまこそ、お変わりなく」
彼だって、私と同じ。能面みたいな、微笑。
しばらく二人の世間話を聞いていると、いきなり私に話を振られた。
「日向、恭司さんを別宅までご案内してさしあげたら?」
母親の言葉に、私は作った口元で『ハイ』と一言。
「こちらです」
「よそよそしいな。一応は婚約者なんだが?」
目も合わさない私に、彼は もっともなことを言う。
彼は私の隣を歩く。私は前だけを見据えて、松峯の別宅を目指した。
「なあ」
ふいに、彼は私に話し掛ける。
だから『なんですか』と穏やかな口調で教科書通りの言葉を返した。
「お前は、俺と結婚するのが不満か?」
聞かれたのはあまりにも予想外な言葉で、思わず立ち止まった。
―――不満。
確かに退屈だとは思っているけど、不満なわけではない。
それに不満なのは、私じゃなくて彼のほうだと思うし。
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