海の街

7/19
前へ
/32ページ
次へ
ざざざざ、と絶え間無く波は動いていた。 波音に混じり歌声が聞こえる。 触りのいい綺麗な女の声。 波音をメロディーにして、女は歌っている。 人魚でもいるのか?と一瞬耳を疑う。 ふと回りを見渡して見ると、人影が見える。 砂浜に座り込み、鼻唄の様に歌っている。 塀から立ち上がり、軽くジーンズをはらって声のするほうへ向かう。 ああくそ、サンダルに砂が入り込んでくる。気持悪い。 人影が被っていたツバの長い帽子が、風に乗って人影から離れ、やがて地に落ちた。 人影は気にする様子もなく、いきなり砂の上に寝転んだ。 さきほどまで綺麗な歌声だったものが、やけになったのか叫び声の様なものに変わる。 帽子を拾いあげ、人影に返そうと歩み寄る。 人影もさすがに俺(と帽子)に気付いたらしく 「…おや?」 それが 彼女 の第一声だった。 良く通る声。澄んでいてそれでまた綺麗な。 「それは私の帽子か?」 とまあ、全然帽子が風で吹っ飛んだのには気付いていなかった模様。 暗くて表情が見えないが、多分きょとんとしているのだと思う。声色がそうだ。 青白く浮かぶ彼女の衣服はきっと帽子と対のワンピースなのだろう。 彼女は立ち上がってふらふらとよろめきながら帽子を受け取った。 「泥棒は良くないぞ、少年」 泥棒した覚えはないし、少年と呼ばれる年でも無い。 ぼんやり浮かぶシルエットから、彼女の髪が腰まであることを知る。 受け取ったばかりの帽子を被ると同時に、彼女は砂の上に倒れこんだ。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加