8人が本棚に入れています
本棚に追加
ざざざざ、と絶え間無く波は動いていた。
波音に混じり歌声が聞こえる。
触りのいい綺麗な女の声。
波音をメロディーにして、女は歌っている。
人魚でもいるのか?と一瞬耳を疑う。
ふと回りを見渡して見ると、人影が見える。
砂浜に座り込み、鼻唄の様に歌っている。
塀から立ち上がり、軽くジーンズをはらって声のするほうへ向かう。
ああくそ、サンダルに砂が入り込んでくる。気持悪い。
人影が被っていたツバの長い帽子が、風に乗って人影から離れ、やがて地に落ちた。
人影は気にする様子もなく、いきなり砂の上に寝転んだ。
さきほどまで綺麗な歌声だったものが、やけになったのか叫び声の様なものに変わる。
帽子を拾いあげ、人影に返そうと歩み寄る。
人影もさすがに俺(と帽子)に気付いたらしく
「…おや?」
それが 彼女 の第一声だった。
良く通る声。澄んでいてそれでまた綺麗な。
「それは私の帽子か?」
とまあ、全然帽子が風で吹っ飛んだのには気付いていなかった模様。
暗くて表情が見えないが、多分きょとんとしているのだと思う。声色がそうだ。
青白く浮かぶ彼女の衣服はきっと帽子と対のワンピースなのだろう。
彼女は立ち上がってふらふらとよろめきながら帽子を受け取った。
「泥棒は良くないぞ、少年」
泥棒した覚えはないし、少年と呼ばれる年でも無い。
ぼんやり浮かぶシルエットから、彼女の髪が腰まであることを知る。
受け取ったばかりの帽子を被ると同時に、彼女は砂の上に倒れこんだ。
最初のコメントを投稿しよう!