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20×6年、12月2日。
犯行期日、前日の夜ーー。
高俊との最後の夜。
俺はホットプレートでお好み焼きを焼いて、高俊の帰りを待った。
「すごい、豪華だな。どうした?」
エビ、イカ、タコ、ホタテ、豚、牛……。
思いつく限り、色んな種類の具材を用意した。
「いや、給料入ったからな……。高俊、何入れる? 俺は全部入れるけど」
「欲張りだな、そんなに食えないだろ」
「食えるよ。食わなきゃ……腐るだろ」
「そんな簡単に腐らないだろ」
「いや、……今日食うんだよ」
「じゃあ親父が食えよ。俺は眠くなるのが嫌なんだ」
良い色に焼けたお好み焼きを、プレートの上で切り分ける。
俺は気丈に明るい声で言った。
「さあどんどん食えよ高俊~」
「いや、食うけどな。俺の主張を蔑ろにするな」
「鮮度が落ちるとエビちゃんタコちゃんしくしく泣いちゃうだろ~。かわいそうだろ~」
「あんたなあ、俺のこと何歳だと思って話してるんだよ」
「俺の中では永遠に3歳のお子ちゃまだ」
「馬鹿にするのも大概にしろよ、親父の方が精神年齢低いだろ」
「はははは、こんな口が達者な3歳児は嫌だなあ」
テレビも付けず静かな食卓に、何も知らない高俊と、懸命に込み上げる何かを隠す俺の会話だけ。
こんな馬鹿な会話が出来るのも。
こんな高俊の顔が見られるのも。
ああ、幸せだなって。
こんな当たり前すぎることに、今更気づくなんて。
「高俊……お前がもし。
もしお前が将来、素敵な嫁さんを貰う日が来たら。
本当に本当に、大事にしてやれよ」
「はあ? 急に何だよ」
「俺はな、急に明香音が死んじまっただろ?
だからさ、もっとやりたい事を早く沢山やっとけば良かったって、後悔してんだ」
「……」
「お前には絶対、俺と同じ後悔して欲しくないからさ。
……彼女が出来たら、ディズニーランドは早々に行っとけよ」
「……分かった」
「ま、お前に彼女が出来るのはいつになるか知らねーけど?」
「一言余計なんだよクソ親父」
高俊は、笑いながら言った。
彼女にはこれから何が起こるのか、全て見透かされたように。
仏壇の明香音が、静かに微笑んで、俺と高俊を見守っていた。
夜は、静かに明けていく。
俺にとって、本当に悪魔の様な太陽が、昇り始める。
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