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そして遂にこの日がやって来た。
20×6年12月3日――
一睡も出来なかった。
不安ばかりが俺の胸を襲う。
これから自分は恐らく人を殺し、自分も死ぬか死に近い報いを受ける。
高俊とも、慶音とも、もう会えなくなる。
なのに……、どこか他人事のようだ。
自分のことなのに、どこか客観視している自分がいる。
夢が覚めることを、信じてやまない。
「……どこ行くんだ」
荷造りをしていた俺に、不思議そうに背後から高俊が問う。
「ちょっと、出張」
「……珍しいな、どこだ」
「東京」
「いつ帰る?」
「……わり。分かんね」
「は……?」
高俊の顔が見れない。
怖いのだ。嘘を見抜かれることが。
でも……、今日が最後なのに。
しっかりと、こいつの顔を胸に刻んでおかねばならないのに。
「……もっと早く言えよ、そう言うことは」
「ごめん……。ちょっと、来い」
俺は2階の物置から、手のひらサイズの小さな木箱を出し高俊に差し出す。
箱には、彼の名前が。
「何だ?」
「開けてみろ」
箱に視線を落とした高俊の顔を、今日初めて見ることが出来た。
期待した顔の高俊は、すぐに落胆した様だった。
見せたのは、彼のへその緒。
「そんな顔すんなよ。それが何か当ててみろ」
「……ミミズ」
「あっははは! それ、お前のへその緒」
「へその緒!? これが……」
「お前と母さんを繋いでた、目に見える絆」
「目に見える絆……」
「10ヵ月、お前はそれがなければ生きていられなかった。
腐っても、それがある限り母さんとの繋がりは永遠に切れない」
「母さんは……もう死んでる」
「死んでもだ」
きっと……、賢いこいつは後に、このタイミングでこのへその緒を見せた意味を理解してくれるだろう。
逆にただの出張前のこのタイミングでへその緒を見せられた高俊は、怪訝な顔でへその緒を見ていたが。
ああ、今しかない。
俺は強く高俊を抱きしめた。
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