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抱きしめられた高俊は、心底驚いたようだった。
「おい放せ、気色悪いな……」
しかし言葉とは裏腹に、突き放そうとはしない。
「俺との縁はいつ切っても構わない」
耳元で、囁くように言った。
「……え」
「明日から、母さんの旧姓の木谷になっても構わない」
「な、何言って……」
「これからお前は、俺のせいで傷つくから。
俺が考えてることが訳分からなくなって、苦しむ」
……本当は、何も言わずにいなくなるつもりだった。
だけど、俺はそこまで薄情にはなれなかった。
俺がいなくなったら、高俊は……。
「俺のことは、綺麗サッパリ忘れて、幸せになってください」
「親父!」
俺は高俊から目を背け、逃げるように靴を履く。
「おい! はっきり言え!
いつ帰るんだよ!」
ああ、ほら、勘付かれた。
胸が痛い。こみ上げる何かが、喉から鼻をツンと刺激する。
それを奥歯を噛み締め、ぐっと堪える。
これが溢れだせば、もう俺は高俊を守れなくなる。
そうして俺はまた、俺を腕の中に引き寄せた。
耳打ちする。
「トシ、大好き、ありがとう」
高俊は言葉を失い、随分と動揺していた。
最後に高俊の頭をぽんぽんと撫でてから、背を向けた。
「じゃ、いってきます」
「っ、親父!」
もう、振り向かなかった。
「本当のことを言うとな、……あんたがいないと寂しい」
唇を、血が滲むまで強く噛み締めた。
もう、無理だ。止められない。
「……だから、なるべく早く帰って来いよ。
……飯でも作って待ってる」
俺は背を向けたまま、手をひらひら振った。
「……おう」
そして一度も振り向くことなく、早歩きで家を去った。
顔を上げることなく、下を向いて歩いた。
俺の顔は、すでに涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。
「う……、うう……っ、う……っ」
高俊、ありがとう。本当に。
大好きなお前の夢、お前の未来。
絶対に俺が守る。
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