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美しくも忌まわしい此の邸の正面に立つ大扉の袂に、
君影樒[きみかげ しきみ]は白色の塊を見た。
それは隠れる様に小さくうずくまり、表面を軽く炙った胡麻塩の握り飯を食みながら前庭をさざめく薔薇の白波を眺めている。
双眸は丹念に釉薬を塗って焼いた遠い昔の青磁の如く。
霧の照り返しを受けて艶めく瞳に今浮世の総てが映っていないのを彼は見て取り、眉間に深い皺を刻んだ。
然れども嘘吐きが慢性と化した彼は器用に思慮深い表情を作ってみせる。
「医者を待つ病人が外で何をしているのだね」
直ぐ隣迄近寄って頭上に影を作って遣ると其処で漸く飴蕗は顔を上げた。
口元に白い飯粒を見つけるのが一瞬遅れる程白く色のない顔が、今日は人並みの血色を帯びている。
「蒲団は厭きた…」
「厭きても寝て居なさい。
其の様子では今日が往診だと忘れるぐらい酷い状態なんだろう」
「病人に向かつて何と小五月蝿い…信じ難き暴挙である」
「何を今更。
…誰か居るかい?御主人を中へ搬入して遣ってお呉れ」
大扉を指の付け根の関節で三度叩き、冷蔵庫か何かを移動させる様な口振りで邸の者を呼びつけた樒は機械仕掛けの魑魅魍魎共がいそいそと現れるのを見届け終える前に、勝手知ったる他人の家へと悠々足を踏み入れた。
「主様!斯様な場所でお寒う御座いましょうに!」
「はあ。小五月蝿い奴ばかりであるな…」
一向に反省の色を見せない迷惑な患者の声は聞こえなかったことにして。
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