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整然と片付けて常に過剰な迄清潔が保たれる最奥の部屋は無垢の色で統一されている。
古式ゆかしい日本の建築に西の海から運ばれた繊細優美が溶け込む華々しい風葩邸に於いて、更に念を押すかの如き偏執を抱いて丁重に設えられた此の一室が飴蕗の私室であり病室である。
故に此処の雨戸を開き縁側から外へ出ても、見上げる視界に空はない。
縁側から続く硝子張りの小さな温室には骨組みに蔓薔薇が憚りなく腕を伸ばし、内と外とを優しく隔絶している。
元より光の乏しい風葩邸である。
厚い透明の壁に庇護された円い箱庭で花を楽しむ為に置かれた中央のテーブルと椅子もまた白いのは、拭えない薄暗さを少しでも軽くする為でもあった。
しかし如何に豪奢で美しい私室であったとしても、寝台から起き上がる事自体を禁じられた身には何の意味も為さない。
「矢張り熱が出ているね」
寝台の傍らで額に掌をのせて地面に垂直な力を加える樒を無気力ながらも飴蕗は何処か恨めしそうに睨めつけた。
帰らず森の迷い道の最果て、風葩邸と鵠[くぐい]の湖を抱く非時台[ときじくだい]は年中冬の空気に満ちている。
清澄だが冷たく身を蝕む大気の下に病体を晒すのは誰が見ても愚行に尽きた。
其れは当の飴蕗とて自覚の有る事で、樒や人形や魑魅魍魎共の諫める言葉などもとうに届いている。
立ち歩いて馨しい花や透き通った風を愛で遊ぶだけでも身体が思う様に運ばないのだ。
今は眠っておいた方が良いと自らに言い聞かせ、開いてすらいない口を閉ざして目を閉じれば歪曲する視界が消えてぬばたまの闇が額にのった手や厚い蒲団の感触を虚ろにしていった。
落ち沈む先にある夢が無意味で他人行儀なものであるように望む事は適わない。
思考がとろけて何色ともつかない色に塗り潰されていく。
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