君ノ影慕ヒテ

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      古美金色のノブに指が触れるか触れないかの瞬間。     「君影、閉めて置いて呉れ。」     眠っていた筈の飴蕗が上身を起こしていた。 気怠げに右手の指先を払い、廊下に群がっているだろう従僕どもを無碍に拒む。 本心から疎んじての事では無いと解っても彼女の表情や纏う雰囲気が如何にも冷徹な所為で恐ろしい暴君の様に見えてしまうのが、樒には酷く滑稽だった。     「はい、はい」   「返事は一回切りに…」   「ならば往診の担当者をもっと扱いやすい者に変えてあげよう」     含み笑いと棘を覆い隠した柔和な声を伴いながら寝台の傍らに再び腰を下ろすと、飴蕗はじとりとした目で掛かり付けの医者を睨んだ。 しかし樒は何処吹く風、寝台に落ちてリネンを濡らす手拭いを拾い上げ、サイドテーブルの上に置かれた桶に突っ込んで遣り過ごす。 氷水だった其の中身は既に室温で温んで意味を為さなかった。 水を入れ替えさせようと立ち上がる。     「好い。欲しく無い」     白い手がざらつく白衣の袖をくんと引き、桶に伸びた彼の手を止める。     「君の我儘は聞かないよ。」     指の隙間から引き抜かれた袖とにべもない言葉に飴蕗は癒々拗ねて蒲団に頭の天辺迄潜り込む。 然れど小娘が幾ら拗ねたところで彼の動揺は誘えない。 蒲団の向こうで足音が遠ざかり、少し立て付けの悪くなってきているノブが空回る音がした。      
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