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がた、ごとん。
体が左右に揺さ振られる鈍行バスの中で少女、一ノ瀬愛花は溜め息を落としていた。釣られて自然と目線も下を向く。
(どうして……)
愛花の目尻が徐々に濡れ始める。乗客に見られないようにそれを拒もうとする愛花だったが、抵抗も虚しく、浮かんだ水滴はそのまま、つうー、と一筋の線となって愛花の頬を伝い始める。
このままではいけない。そう思い、人よりも少し大き目勝ちな瞳に制服のポケットから小さなコリウスの紫色の小花が刺繍されたハンカチを当てがい涙を拭い取る。
じんわりと温かく湿ったハンカチを服の中にしまい、愛花は顔を上げた。
そこには、バスの窓ガラスに投影された半分透過した自分の姿が写し出されていた。板一枚隔てた世界の先にいる、“彼女”。それを見た途端、胸の奥から得も知れぬ感情が沸き上がり愛花の表情が恍惚とした物に変わる。
(ああ……)
泣き腫らした瞳はいつもより赤くなってしまってはいるが、真っ直ぐに見据える瞳からは意思が揺らぐ事は無く。すっ、と整った鼻、すぼんだ口元、そのどれもが愛らしくて、いじらしくて、堪らなくて、仕方が無かった。
(私と言う人間は私しかいないの……?)
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