序『少女の聲』

2/11
前へ
/41ページ
次へ
六月の終わり。 東京の街は未だに梅雨前線の真っ只中にあった。 少女の耳の奥でもザァザァと五月蝿い雨音が執拗に木霊している。 空高くに広がる黒い雲から落下してきた雨の雫は、アスファルトに堕ちて次々に弾けていく。 弾けた雫は集積され、やがて水溜まりとなって梅天のみを虚しく映す。 「――こと……。まこと……真琴ぉ…………!!」 雨音に混じって、自らの名前を必死に呼ぶ聞き慣れた声が、少女の聴神経をくすぐった。 意識をそちらの方に向けてみる。 漆黒の装束を身に纏った女性が、白くて大きな箱にすがりついて、すっかり枯れきってしまった喉を裂かんとばかりに慟哭していた。 その肩を優しく抱く、女性と同じく黒づくめの男性。 周りにいる大勢の人々も、揃って白黒姿で涙を流している。 その全ては、透明なフィルターを一枚隔てて見る景色。 少女には到底干渉できない、交わることの無いであろう世界――――。
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!

526人が本棚に入れています
本棚に追加