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「ふぅ…結構歌ったな。これ位でいい?」
「うん、うんありがとう!」
全8曲を歌い終わった頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
時計を見ると、夜8時を回っている。
「んじゃ俺そろそろ親に怒られるから帰るけど、送んなくて平気?」
「あっ…待って、春樹君!」
ギターをケースにしまい込み、帰る支度を始めた俺を慌てた様子で彼女が呼び止める。
「ん、何?まだ何か?」
「ごめんね、ちょっと待ってて!!」
そう言うと、彼女は何を思ったのか、手に提げていた鞄をがさがさ漁り出すと、何故か五千円札を中から抜き取った。
何をする気だ…。
あまりの突然の行動に、呆気に取られて見ていた俺に突然彼女はこう言った。
「春樹君!手ー出して!!」
「へ…?」
無理矢理俺の手をひっ掴むと、彼女はその五千円を握らせた。
「いーよ!いらねーよ、こんなの!!」
「だっ…だってTVとかでよく見かけるじゃない。路上で歌ってる人のギターケースの中にお客さんがお金入れるの」
「あのなぁ!今時そんなことやってる人めったにいないから!こんなの受け取れるか!!
それにこんな額出す客めったにいねーから!小銭で充分だよ!」
「そうか…知らなかった」
ポツンとそう言って、彼女は手にしていたお札をしげしげと見つめた。
ひょっとしてこのオンナ天然じゃ…。
呆れている俺を尻目に、彼女は少しためらった後、再度俺の手にお札を押し込んだ。
「だーかーらっ、いらないって!」
「いいの!ホントにあなたの歌良かったから!気持ちだと思って受け取って欲しいの!!」
「でも…」
まだためらっている俺に、彼女がパッと瞳を輝かし突然とんでもないことを言い出した。
「そーだっ、いーこと思いついた!」
「え?」
「じゃあさ、春樹君来週から毎週水曜、ここに歌いに来て!私の為にここに歌いに来て欲しいの!」
何を突然言い出すんだろうと呆気に取られて彼女を見つめた。
冷静に考えて、いや考えなくてもかなり図々しいことを頼まれているのは確かだ。
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