4.動き出す想い

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「へぇーじゃあ春樹君ってオーディションとかも受けてるんだ」 「あぁ、でも大抵良くても二時審査止止まりとかそんなんばっかりだけど」 水曜日の午後。 俺はいつも約束通りに決まって駅前の広場に彼女、日野沙雪との約束通り歌いに来た。 最初は一回約束をしてしまった手前、今更断ることも出来ず嫌々と言った感じだったのだが、最近はちょっと違う。 自分でも変だとは思うのだが、毎週水曜、ここに歌いに来るのが楽しみになっていた。 すぐに飽きるだろうとタカをくくっていたのだが、沙雪は毎週毎週、決まって夕方の7時過ぎ頃この駅前の広場に現れた。 そして決まって必ず目を閉じて俺の歌を、終わるまで終わるまで耳を澄まして聴き入っていた。 とても嬉しそうに。 そんな沙雪の健気な姿を見ているうちに、いつしか最初抱いていた嫌悪感も薄れていった。 最近では、よく世間話や自分の身の回りで起こったことも話すようになった。 将来のこと。家族のこと。最近彼女に振られたこと。 沙雪は時に共感し、時にどうアドバイスするか悩みながらも、熱心に俺の話に耳を傾けてくれた。 俺は元々素直な方ではないので、よほどのことが無いと人に弱音を吐いたりしないのだが、何故だか沙雪の前では素直になれた。 今まで付き合ってきて思ったのだが、沙雪は純粋で無垢で社会の垢がついていないように感じられる。 だからだろうか。 沙雪といると、普段の殺伐とした日常とはかけ離れた別世界にいるような気分になれた。 癒される一時だった。
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