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「こんにちは」
掛けていたメガネを折りたたみ胸ポケットに仕舞いながら、事務所の受付窓口からひょいと顔を覗かせ、色素の薄いふわふわとしたネコっ毛の若い男が、中の職員に笑顔で挨拶する。
事務所内で一人、デスクワークをしていた初老の男性職員がそれに気付くと、立ち上がって彼に挨拶を返した。
「あぁ、山本さん!!
こんにちは。いつもご苦労様です。
…外は暑かったでしょう?」
「今日も暑いですね。
駐車場からここまで歩くだけでも、汗びっしょりですよ」
労いを掛ける職員に“山本さん”と呼ばれた男は、参りました、と言わんばかりに苦笑いしながら、窓口にある面会名簿に慣れた手つきで記名する。
職員が窓口までやって来ると、名前を書き終えた“山本”は顔を上げ、ニコリと笑みを見せた。
汗びっしょりだと言うわりに、男の職員でも思わず見惚れてしまうほど、中性的で整った顔立ちの“山本”からは暑苦しさなど一切感じられず、汗をかいているようには思えないくらいに爽やかだ。
「山本さんが来て下さったら、女性スタッフ達が喜びます」
職員が思ったままを口にすると、
「そんな…。
皆さんお忙しいのに、いつもお声をかけて下さるので、お仕事の邪魔になったりしているんじゃありませんか…?」
“山本”は職員の言葉の意味をいまいちわかっていない様子で、申し訳なさそうに苦笑いしながら謙遜する。
職員はフッと声を漏らし小さく首を振って見せると、
「滅相もない。
むしろ、山本さんのおかげで仕事は捗っているくらいですよ」
眉を下げ、困ったような顔で笑った。
実際、女性スタッフ達は彼が来ると、彼の前だけではあるけれど、張り切って仕事をしてくれる。
職員の言葉に小首を傾げる“山本”は、自分の顔立ちの良さを、全く自覚していないようだった。
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