プロローグ

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  「今日は他の職員さん方はいらっしゃらないんですか?」 普段と違い、閑散とした事務所内の様子に気付いたのか、“山本”がそう問うと、「ワーッ!!」と、離れた場所から大勢の歓声や笑い声が聞こえてきた。 “山本”はその出所を伺うように、キョロキョロと天井へ目を向ける。 「今、多目的ホールで劇をしてるんですよ」 “山本”の様子を察し、職員はそう言いながら1枚の紙を差し出した。 「へえ。…劇、ですか?」 紙を受け取り目を通すと、それには[演劇鑑賞会のお知らせ]と書かれている。 「はい。毎年夏休み期間中に催すイベントの一つなんですが、今年は一風変わった喜劇なんで面白いですよ。 入居者の方々と職員も一緒に観劇してると思うので、そちらへ向かって下さい。 志津(シズ)さんもそこにいらっしゃいますよ」 品のいい笑顔でそう話す職員に、“山本”は「わかりました」と頷き、笑顔で一礼すると、その場を後にする。 手渡された紙を手に、それに目を通しながら階段のある建物の奥へと歩いて行く彼のもう片方の手には、黄色い小さなヒメヒマワリのミニブーケと、小さな紙袋が提げられていた。 タンタンタン、とテンポ良く階段をのぼり切ろうとしたその時、また、すぐ先の方からドッと大勢の笑い声と拍手が聞こえてきた。 階段の少し先にある多目的ホールへ辿り着くと、一瞬劇場にでも来たのかと見違う程、彼が知る普段のそことは全く異なっていた。 ホールの奥中央にある、普段あまり使われることのない、一段高いだけの小ぢんまりとした舞台は、劇場の舞台さながらのセットが組まれ、そこをひょっとこの面のような顔をした役者が所狭しと動き回っている。 事務所で職員が言っていた通り、入居者やデイサービス利用者、いつもは入居者の身の回りの世話や介護で、忙しなく動き回っているホームのスタッフたちも一緒に集まって、並べられた椅子やそれぞれの車椅子に座り観劇していた。 コミカルな内容に、場内は笑いで溢れている。 ざっと見渡し、舞台に向かって座る人の中からその人の後ろ姿を見つけると、彼は観劇の邪魔にならないよう周囲に気を配りながら、そっと彼女の背後に歩み寄った。
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