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「本日はご観覧、誠にありがとうございました!!」
大きなその声にハッと我に帰る。
わあああ!!と大きな歓声と共に盛大な拍手が巻き起こり、その状況から劇が終わった事を悟った。
舞台では演者たちが横並びになって、深々とお辞儀をしている。
「とっても楽しかったわね、おうちゃん!!」
観劇後の興奮が冷めやらぬ様子の祖母は、前で軽く手を合わせながら、まるで少女のような満面の笑みを浮かべてそう言ったが、『おうちゃん』と呼ばれた”山本“は、劇の間ほとんど上の空だったせいか、曖昧な笑顔で頷いた。
結局、あの女の子に気を取られていたせいで、どんな内容だったのか全く覚えていない。
「楽しかったなら何よりです」
罰の悪そうな顔をしてしまっていたのか、
「…どうかしたの?」
と祖母に問われ、「何でもありませんよ」と慌てて首を左右に振る。
ふと、祖母に尋ねてみようかと思い、チラリと女の子がいた方に目を向けると、いつの間に席を立っていたのか彼女の姿はそこになく、キョロキョロと辺りを見渡した。
「…おうちゃん?」
怪訝そうな祖母に、
「あの、先程あちらの方にいた…」
「山本さん!!」
尋ねようとした”山本“の声を遮り、元気の良さそうな若い女性職員が、ぶんぶんと手を振りながら駆け寄って来た。
「暑い中ご苦労様ですっ!!
とっても楽しい劇でしたね!!
楽しんでもらえましたか?」
「とーっても楽しかったわ!!
まだまだ見ていたかったもの!」
前のめりな職員に気圧され言葉に詰まった”山本”に気付いていたのかいなかったのか、祖母が興奮気味に答える。
内容をほとんど覚えていない”山本“は若干焦りを感じながらも、自ら答えなくてよかった事に胸を撫で下ろしつつ、コクコクと祖母に同意する様に頷いた。
「楽しんでもらえたみたいで良かったです!!
また楽しい企画を色々考えますので、ご意見下さると嬉しいです!!」
気のせいか、職員はどことなく媚びるような笑顔でそう言ってきたので、“山本”は内心たじろぎながらも、返事の代わりに微笑んで見せる。
“山本”の笑顔を目にした途端、女性職員は頬を赤らめ恥ずかしそうに目を逸らしたが、自身の顔立ちに対して自覚のない“山本”はキョトンとした表情で小首を傾げた。
「…どうかされましたか?」
「いえっ!
ただ、その…
眼福だな……と…」
目を逸らしたまま、後毛を耳にかける仕草をしながら、女性職員がしどろもどろに答える。
語尾が小さくて聞き取れず、聞き返そうとしたその時、他の職員に呼ばれた女性職員は「行きまーす」と返事をした後、
「すみません。どうぞゆっくりして行ってくださいね!」
と言ってペコリと頭を下げ、慌ててその場を離れて行った。
その後も何人もの職員に声を掛けられては、劇の感想を求められ、談笑する。
はじめは頭の片隅で女の子の行方を気にしていた“山本”だったが、色んな人と話しているうちに、祖母に尋ねようと思っていた事も忘れ、時間が過ぎていった。
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