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——どこで見かけたんだっけ?
記憶をどれだけ辿ってみても、まるで思い出せない。
人の顔を覚えるのは、結構得意な方なのに…。
考えているうちに女生徒は校舎へと入って行き、断片的な記憶の中で何となく手掛かりが掴めそうになったその時。
「央佑」
肩をポンと叩かれたと同時に、名前を呼ばれた。
振り返ると、反対側の端っこにいたはずの男性教師が立っている。
そう、ついさっきこちらを見てにんまりと笑っていた男性教師だ。
「そろそろ戻って準備しろよ。
構え過ぎて、緊張してるんだろ?」
フッと笑いながらそう言ったものの、その声は兄が弟を気にかけるように優しい。
流石、僕のことをよくわかってる。
そう思いながら頷き腕時計を確認すると、予鈴までもう10分しかなかった。
「ありがとうございます」
男性教師にだけ聞こえるよう小さな声でお礼を言うと、男性教師は「どう致しまして」というふうに横目で目配せする。
そんな彼の表情は見慣れたもので、これまでそうだったように、緊張してガチガチに固くなっていた僕の心を、軽く解してくれた。
「準備があるので先に戻ります」
向こう側に立っている教師たちにも聞こえるよう気持ち声を張り、頭を下げる。
そして踵を返し、その場を後にした。
先に校舎へと入って行った女生徒の後を追うように、少し足早に校舎へと歩き出す。
今日から僕が担任を持つのは1年生。
職員室へ向かうまでの間、先程の女生徒を見かけることはなかったが、彼女は1年生だったから自分が受けもつクラスの生徒ではないにしろ、教科担当に当たるかもしれない。
だから今思い出せなくても、なぜ見覚えがあったのかそのうち思い出すだろうと央佑は思った。
この時はそんなに深く考えていなかったのに、これからの3年間、誰よりも関わりを持つ生徒になるなんて、どうして想像出来ただろう。
教師と生徒としてだけでなく、関わる事になるなんて。
あの夏の日に見かけただけの女の子と同一人物だったなんて、この時の自分にどうして想像出来ただろう———。
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