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わたしはそのことを彼女に教える。
ほら、いま走ってるあたりね、川沿いの並木。あれは桜の樹なんだよ、いまは緑の葉っぱしか見えないけど、春、四月の最初ぐらいかな、になると、一斉に花が咲く。わたしたちはそのピンクの花を見ながら、お酒のむんだよ。
へぇ、『さくら』か、聞いたことあるよ。写真も見たことある、きれいだよね。本物はもっときれいなんだろうな。
その垂れた目を細めて、彼女は言う。
旅、
彼女が続ける。
うん、旅をしてるって感じだな、こういうの。
ほんの少しの気まぐれで土砂降りの雨にあたることもあるし、心臓を絞られるくらい美しい夕焼けに出くわすこともある。もう二度と起き上がりたくなくなるようなベッドに眠ることもあるし、次の日までげろが止まらないような凄まじい料理を口にすることもある。
町の入り口から出口まで財布と貞操に気をつけなければいけないところもあるし、
彼女はわたしの方を向く。
バスの中で恋人とはぐれてしまった女の子からきれいな花の話を聞くこともある。
そしてにぱっと微笑う。
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