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夕方、柚子にとって意外な人物が見舞いにやってきた。
兄の晴臣だった。
「真崎から聞いて」
兄は心配そうに柚子を覗き込んだ。
「今回のことで、お前には無理をさせたな」
「…いえ、そんな…」
晴臣の視線から逃れるように柚子は俯く。
相変わらず他人行儀な柚子に晴臣は苦笑した。
「もっと…。兄らしいことをしておくべきだったな」
晴臣の言葉に柚子は驚いて顔を上げると、まじまじと兄を見つめた。
「気付いた時にはもうお前は誰にも心を開かなくなってた。
親父や母さんや…俺のせいだな」
そう言ってうなだれる兄は、柊太朗と同様疲れて見えた。
幼い頃、両親を恨んだことはあったが兄を恨んだことはなかった。
歳がはなれた兄とは、物心がついた頃からすれ違いの生活で、柚子の中では他人も同然だった。
それに、たまに見かける晴臣は、両親からの重圧に必死に耐えている様に見えた。
「…大丈夫です。お兄様は何も悪くありません」
過去のことより、今現在自分を気遣ってくれる、その気持ちが嬉しかった。
柚子が微笑むと晴臣も安心したように力を抜いた。
その時、柚子の部屋をノックする音がした。
柚子が「はい」と返事をすると、実也子が勢いよくドアを開けて入ってきた。
「柚子!あんたねぇっ…心配したのよ!」
「実也子!ごめんねぇ」
実也子はベッドサイドの晴臣を押し退ける勢いで柚子のもとまで来ると、柚子の手を握り頭や顔を確かめるようにペタペタ触った。
「大丈夫なの?」
「大丈夫」
柚子の笑顔を見ると実也子はホウッと息をついた。
そして傍らにいる晴臣にはじめて気付いたように振り返ると、ジロッと一瞥する。
「あ…実也子。兄の…」
「晴臣です」
晴臣は紹介する柚子の言葉を引き継ぎ実也子に向かって手を出した。
実也子は晴臣を見据えながら「叶実也子です」と握手に応じる。
柚子との付き合いの長い実也子にしてみたら、兄の晴臣も柚子を苦しめてきたひとりでしかない。
睨みたくもなるのだった。
「君が…ずっと柚子を守ってきてくれたんだね」
晴臣が実也子の酷い態度に嬉しそうに微笑む。
「これからもよろしくね」
「言われなくても」
ははっと笑いながら、晴臣は実也子が持ってきた荷物に目をとめた。
家を出てから柚子は実也子の家にいたため、服などは実也子の家に置いてあったのだ。
実也子はそれを数着持ってきた。
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