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「…柚子は…実也子ちゃんの家にお世話になってるのか?」
晴臣が眉を寄せて実也子にたずねる。
突然ちゃん付けされた実也子は開いた口が塞がらなかったが、なんとか気を取り直すべく咳ばらいをした。
「柚子には行くところがありませんから」
皮肉を込めて実也子は言う。
柚子が家を出た事実をはじめて知った晴臣はショックを受けているようで、しばらく言葉を発することなく柚子と実也子を見ていた。
「…真崎から言ったのか?別れようって…」
そう言う晴臣の口調に怒気が含まれており、柚子は慌てて首を振る。
「違います!あたしが…言ったんです」
「でもお前、真崎のこと好きじゃないか」
「!!」
ばれていないつもりだったのに、柚子の気持ちが兄にばれていたことを知った。
「…俺達のせいだな。すまない」
頭を下げる兄をまたも慌てて止める。
「違います。やめてください!」
晴臣が頭を上げる。
しばし沈黙がおとずれる。
実也子は兄妹の会話を邪魔することなく大人しく成り行きを見守っている。
柚子が小さく息をついた。
「…あたしはもう柊太朗さんには必要ありません。いつまでもあたしに縛り付けておくことは…できません…」淡々とした口調で話す柚子に晴臣は首を傾げた。
「それって…真崎がそう言ったのか?」
そんなことは当然言われていない。
柚子の勝手な思い込みだ。
それが自分でも分かっているから、柚子は何も言えずに首だけ振って俯いた。
「被害妄想よ」
黙っていた実也子が口を挟んだ。
「被害妄想…」
「何考えてるかわかんないあのダンナが、柚子が邪魔になったから離婚したいなんて思ってないことぐらい百も承知よ」
実也子は柊太朗と面と向かって会ったことはないが、柚子やアキラの話からそれぐらいは判断できた。
「柚子の勝手な思い込み」
いつものようにズバズバ言う実也子の言葉に、晴臣は少し驚いた。
「それが分かってるなら…」
「それでも!
それ以上に柚子は傷付いてきたの!小さい頃から今まで!
柚子だって逃げなきゃやってらんないわよ。
今まで散々頑張ってきたのにまだ柚子が頑張らなきゃいけないの?」
実也子はたじろぐ晴臣に詰め寄ると一気にまくし立てた。
――ああ。あたしはなんて幸せものなんだろう…。
柚子の目に二人が霞んで見える。
こんなに解ってくれる親友がいてくれて、柚子は涙が止まらなかった。
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