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「実はね。貴女とお話したいことがあって」
松原は柚子に待合室の椅子に座るように促すと自分もその隣に腰掛けた。
「私、内科外来担当だから真崎先生にはお世話になってるんです」
「そうなんですか」
きっと妻であった柚子よりずっと長い時間を柊太朗と過ごしてきたのだろうと思い、柚子は松原を羨ましく思った。
「…きっと…あたしより彼のことをよくご存知なんですね。
…いいな…」
思わず本音を口にして、しまったと思い笑ってごまかす。
「え…えへへー」
そんな柚子を松原は愛おしむように微笑み見つめた。
「真崎先生ってね、以前から患者想いで優しくてスタッフにも気を使って下さる、本当によくできたお医者様でね」
戸惑う柚子に松原がニコニコと話す。
「いつも笑顔でらっしゃって取り乱したりしたことがない。それはご結婚されてからも変わらなかった」
「…そうなんですか」
「でもね。最近違うの」
松原は柚子を見てにっこり笑う。
「焦ったり困ったり取り乱したり。良い意味で先生変わったと思うのよ。
本当の真崎先生を見せてくれるようになったと言うか…」
焦ったり困ったり取り乱したりする柊太朗姿を思い浮かべようとしたができなかった。
「貴女が運ばれてきた次の日の診察なんて…聴診器耳にし忘れて患者さんの胸に当てたり、舌圧子逆に持ったり…」
松原は思い出しては可笑しそうに笑う。
柚子にはそんな地味な失敗をする柊太朗が想像つかなかった。
「柊太朗さん…疲れてるんですね…」
「そりゃお疲れでしょうけどそうじゃないのよ。
貴女のことで動揺してたのよ」
いまいち意味が分からない柚子のきょとんとした顔を見て、松原が諭すように話した。
「貴女が思うより、真崎先生は貴女のこと大切に想ってるわ」
松原の言葉に、柚子は哀しそうな顔で首を振る。
「…そんなこと…」
今更、何も期待したくないのに。
そう言おうとすると、松原は時計を見て立ち上がった。
「もう良い時間ね。タクシーが来たわ」
「へっ!?」
言われて玄関の方を見ると、誰かを迎えに来たらしいタクシーが玄関横に停まったところだった。
しかし柚子はまだタクシーを呼んでいないし、それどころか支払いすら済ませてない。
話しに集中していて未だに精算ができたと呼ばれていないことに気付かなかった。
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