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柚子は愛する夫を目の前にして、間抜けな声しか出なかった。
タキシード姿の柊太朗は記憶よりもずっと素敵で、柚子はただただ見惚れるばかりだった。
柊太朗は何故か緊張しているのか固い表情で、それでも柚子をまるで賞賛するかのように見つめている。
しばらくお互い何も言わず見つめ合っていた。
その沈黙を先に破ったのは柊太朗だった。
柊太朗はふっと笑うと少し目をそらし、もう一度柚子を見た。
「こんなに…」
「…え?」
「こんなに、綺麗だったんだ」
柊太朗が少し掠れた声で言った。
「ごめん。結婚式での柚子を思い出せなかったんだ。でも、どうしても見たかった」
「写真があるのに…」
柚子は呆然としたまま思ったことを呟いた。
柊太朗がゆっくり首を振る。
「ちゃんと見たかった」
あの頃はちゃんと柚子を見ていなかった。
「…それだけのために…?」
柚子がたずねると柊太朗は「まさか」と言い笑う。
そして柚子の所へ歩み寄ると、柚子の手を取り足元にひざまずいた。
突然のことに驚いて口をパクパクしている柚子をよそに、柊太朗は柚子を見上げる。
「柚子。もう一度俺と結婚して欲しい」
「…え?」
柚子には柊太朗が結婚したいという理由が分からなかった。
やっぱり責任を感じているのだろうか。
それだけが理由ならやりきれない。
「な…んで…?」
柚子がたずねると柊太朗は一瞬目線を手元に外し、決意したように柚子の目を見つめる。
「柚子を愛してる」
柊太朗のその声は、どこか遠くの方からきこえてくるようで、柚子はにわかに信じられなかった。
もしかしたら自分の妄想が為せる業かもしれない。
それともとうとう幻聴が――。
「…また、妙なこと考えてるだろう」
柊太朗の声に柚子は現実に戻ってきた。
「え?だって…。え?そんなはずは…。え?」
現実に戻っても現実を受け入れられないでいる柚子に、柊太朗はもう一度言った。
「柚子愛してる。結婚して欲しい」
今度こそ幻聴でも妄想でもなさそうだった。
「柚子。返事は?」
柊太朗に問われ、柚子はやっとの想いで思考を巡らせた。
「はい」
「それは結婚してくれるということ?」
「はい」
「呼ばれたことに対する返事じゃなくて?」
「はい」
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