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病院を出ると、後ろについて来ている柚子を振り返る。
「何で来たんだ?」
「タクシーです」
柊太朗は車のキーを開けると、助手席のドアを開けた。
「…とりあえず乗って」
「はい」
柚子が薄く笑顔を浮かべ車に乗り込むと、助手席のドアを閉め運転席に乗り込んだ。
そしてエンジンをかけると発進させることなく、助手席に座る朝とは別人の妻を見た。
「…どうした?」
「何がですか?」
柚子がとぼけるように言うと柊太朗は苛立ったように息をついた。
「全然…違う」
柊太朗の言葉に柚子は笑顔を浮かべ、肩までの髪を触る。
「思いきって切ったんです。軽くなりました」
朝には背中まであった長い黒髪は、明るい色合いの軽目のボブカットになっている。
「それに…その格好は、はじめて見た…と思う」
いつも地味な色のワンピースかブラウスにロングスカートだったが、今は柔らかいピンクのTシャツに黒の膝上のプリーツスカートだ。
そんなカジュアルな格好の妻は見たことがない…はずだ。
柚子はそこではじめて不安そうな表情をする。
「あの…似合いませんか?」
似合うか似合わないかでいったら、似合っている。
ブランド物ではなさそうだし、お嬢様らしくも奥様らしくもないが、今までのただ着ていただけの服よりお洒落している感じがする。
「…似合ってる」
聞いているのはそんなことではないのだけれど、柚子があまりに不安げな顔で見るから柊太朗は一応そう言っておく。
すると、柚子はほっとしたように柔らかく微笑んだ。
そして次の瞬間にはさっきまでの見たことのある笑顔に戻った。
――ああ。作り笑いなんだ。
柊太朗は結婚してから七ヶ月目にしてはじめて、いつもの柚子の笑顔が偽物だったことを知る。
その前に見せた不安げな顔やほっとした時の微笑みは、見たことがなかったから。
とにかく、急にイメチェンを図って接近してきた意図をまず知りたい。
「食事は?」
「まだです」
柚子の返事をきくと柊太朗は車を出し、妻とふたりきりの初めての外食に出向いた。
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