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柊太朗はたまに行くイタリアンレストランに柚子を連れていった。
他の女を連れてきたことはあるが柚子は初めてだ。
顔見知りの店主に「妻だ」と紹介したら少し驚いた表情を見せ、すぐ奥の席に案内された。
高級な店ではなく、値段もファミレスのようなことはないがまあまあ庶民的な店だ。
「よく来るんですか?」
作り笑いを貼付けた柚子に尋ねられ、「たまに」とだけ答える。
高級な店にしか行ったことがないであろうお嬢様の柚子は、特に違和感なくメニューを見ている。
そして、普通にお得なパスタのセットを頼んでいた。
柚子を観察しながらも柊太朗もパスタとピザを注文する。
パスタを待つ間、改めて柚子を正面から観察する。
――そうか。メイクが違うのか。
どこがどう違うのか、それどころか普段柚子が化粧していたかどうかもよく分からないが、髪型や服装だけでない、顔の印象も違うことに気づいた。
柊太朗に見つめられ、気づかないかのようにメニューを見たり、水を飲んだりしていた柚子だったが、突然メニューを自分の顔の前に立てて自らを隠した。
「み…見すぎです」
メニューの後ろから恥ずかしそうな小さな声が聞こえた。そこでやっと柊太朗は自分がずっと柚子のことをじろじろ見ていたことに気づく。
「あ…ああ。ごめん」
柊太朗が謝ると、柚子はメニューを脇に置いた。
そのうつむいた顔は真っ赤だ。
初夜でもそんな顔しなかったのに…と柊太朗は意外に思う。
処女だったのに、恥ずかしがることもなく柊太朗を受け入れた。
それなのに、見つめられただけで真っ赤になる。
「私…男の人に見つめられたことなくて…」
不思議に思っていると、たずねるまでもなく柚子が照れている訳を話す。
その告白は、夫にも見つめられたことがない、ということを夫に知らしめたのだった。
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