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柚子は料理が運ばれて来る頃にはすっかり元の顔色に戻っていた。
――それにしても、おいしそうに食べるなぁ。
高級料理のフルコースでもしっかりしたマナーでやっつけ仕事のように淡々と食べていた。
それを見て、これだからお嬢様は…と思った記憶がある。
それなのに普通のパスタをおいしそうに食べている。
「…おいしいか?」
たずねると、にこっと笑って「はい」と頷く。
その笑顔は本物のようだ。
「お義父さんは、なんの用事だったんだ?」
「別につまらない用事です」
「ふうん?」
柊太朗に先を促されて、柚子は気乗りしない様子で続ける。
「…私の誕生日のことです」
「誕生日?」
――あれ?
柊太朗は柚子の誕生日を思い出そうとしたが思い出せない。
「いい歳した娘にプレゼントを渡すなんて、わざわざ呼び出す用事ではないですよね」
柚子がパスタを食べながらつまらなさそうに言う。
「誕生日って…」
「ご存知ないですよね。気にしないで下さい」
「過ぎたのか?」
焦る柊太朗に柚子は申し訳なさそうな顔で頷き自分の誕生日を告げた。
思い出せないのではない。
知らなかったのだ。
お互いに興味のない夫婦でも、さすがに誕生日を無視するのは柊太朗も気が引ける。
それに、その日は先々週の木曜日――由梨花と会っていた日だ。
「…すまない」
「気にしないで下さい。両親ですら昨日気付いたようですから」
柚子は、自分に興味を持たれていないことに慣れていた。
悲しそうな表情すらしない。
作り笑いを浮かべて淡々と事実を述べるだけだった。
柚子はきっと柊太朗の誕生日は知っているのだろう。
試しに聞いてみると、ちゃんと正解が返ってきた。
柊太朗は結婚して七ヶ月間感じなかった罪悪感を感じた。
「本当にすまない」
柊太朗が謝ると、柚子がそれよりも申し訳なさそうな顔を向けた。
「誕生日に思い入れなんてありませんから…お願いですからもう気にしないで下さい」
消え入りそうな声でそうつぶやいた。
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