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そう。
柚子には愛人はいない。
もともと真面目で派手ではない柚子は男の人がそれほど得意ではない。
お嬢様育ちのわりには贅沢には興味がなく、現実をよく分かっていた。
柚子は本当はやりたい事があったのだが、父親にあっさり反対され断念せざるを得なかった。
それ以来何に執着するでもなく、何を期待するでもなく生きていた。
――今日もほとんど喋らず一日が過ぎちゃった。
このままじゃ声がでなくなるかも、と自嘲気味に笑う。
それでもきっと夫は気付かないだろうけど――。
きっとこんな生活を変えたくてみんな男にはしるのだろう。
しかし、柚子にはそれができなかった。
――明日は実也子に連絡してみよう。
実也子は柚子の数少ない友人の中でも、更に希少な働く女性でまともな会話のできるまともな女性だった。
実也子にはきっとこの自堕落な生活を叱られるだろう。
両親よりも兄弟よりも、当然夫よりも自分を気にかけてくれる親友。
柚子は無性に彼女に会いたくなった。
時計を見るともうすぐ0時。
遅くなると言った夫はまだ帰らない。
木曜日だから、きっと愛人と過ごしているのだろう。
ベッドサイドに置かれた結婚式の写真には、今より少しだけ未来に期待をしている自分の顔と、いつものほほ笑みを浮かべた夫が並んでいた。
柚子はそれを見て無意識にため息をつくと、その写真を自分から見えない方向に向けた。
7ヶ月前の自分の笑顔が見てられない。
そして、今思うとなんの感情も持ってなかった柊太朗の笑顔も見てられない。
柚子は柊太朗のベッドから目をそらすように自分のベッドに潜り込むと目を閉じた。
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