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「…つまるところだ。」
彼は一旦そこで言葉を区切ると、持っていたペンを置きゆっくりと私の顔を見た。パチリと火の粉を飛ばす暖炉に、彼の彫りの深い顔が橙色に照らされているのを写真に収め、私はカメラを下げてその言葉の続きを待つ。
「俺は俺の話をしたいんだ。」
「存じております。」
「なら、その煩わしい手帳は閉まってくれ。」
彼の視線の先には私の膝の上の手帳がある。だが、私はカメラを鞄の上に置き手帳とペンを手に取り何時でも彼の語る言葉を書き記せるようにする。
「それはお断りします。これが私の仕事ですので。」
この会話は何度目か。彼は私が来る度にこの話を切り出すのでもう断る事にも慣れてしまった。彼も同じらしく、一度溜め息をつくと再度机に向き直りペンを持った。これは彼が語りだす合図でもある。
「俺は別段珍しい人間でも無い。だが、何故か俺は昔した失敗を全てと言って良い程に覚えている事に対して嬉しかった事や悲しかった事はすぐに忘れてしまう。もう一度言う、俺は別段珍しい人間でも無いんだが…」
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