ひとつめ

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ひとつめ

 雨の日だった。  朝には晴れていたはずなのに、昼を過ぎる頃にはぽつぽつと降り始めていた。  天気予報も当たるものだと、そのときぼんやりと思ったものである。  土砂降りではなかったと記憶している。  ただ、外を移動するのに傘なしで歩こうという気にはなれないような、そんな降りかただった。  そんな降りかただったものだから、さあ帰宅しようという段になって玄関で立ち往生する学生もちらほらと見られ、田畑もそのうちの一人だった。  田畑菜乃花。  眼鏡におかっぱの、飾り気のない女。  当時どんな服装だったのかは覚えていないけれど、あのときの彼女にはどこにも目立つところが見られなかったような気がするので、きっと冴えない服装だったのだろう。  今思えば、よくあんなに地味なやつに目をつけたものだよ。  当時、彼女のほかにも立ち往生している学生はいたはずで、もっと見栄えのいい女の子だっていたに違いない。  それなのにおれは、二度の逡巡のあげく、田畑の横に立って声をかけた。 「傘、ないの?」  なれなれしいと思う。  おれときたら普段からこんな調子だ。  仲間内で軟派な男呼ばわりされている所以なのだろう。  軟派というのは言い過ぎだよな。
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