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「そうだな、似合ってる」
詰まる空気。
田畑の無言が聞こえるようだ。
田畑がはじめておしゃれな服を着てきたとき、おれは何と言ったんだっけ。
やっぱり、今と同じようにどうしたんだよと聞いて。
それから、きれいじゃないかと言った覚えがある。
田畑は照れながらも、すごく喜んでいたな。
「田畑はさ、そういう格好のほうが似合うんだよ。少なくとも、おれはそのほうが好きだ」
本心だった。
地味なほうが似合うだなんて言われて喜ぶやつはいないだろうし、着飾ってきて似合わないと言われれば誰だって傷つくだろう。
本音とはいえこんなことを言うなんて、おれはつくづく無神経なやつだ。
見ると、田畑は俯いている。
どんな表情をして、どんな気持ちでおれの言葉を聞いていたのか、想像もできない。
「そういえばこの間、他に好きな子ができたって言ったよな」
間もなく列車が到着します。
アナウンスの声。
「あれ、実は嘘なんだ」
緑の傘が、ぴくりと振るえる。
それきり、おれと田畑との間にはどんな言葉も生まれなかった。
いや、もしかすると、田畑は何か言ったのかもしれない。
停車する電車の音の前では、田畑の小さな声が聞こえるはずもないのだ。
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