よつめ

3/3
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ
「そうだな、似合ってる」  詰まる空気。  田畑の無言が聞こえるようだ。  田畑がはじめておしゃれな服を着てきたとき、おれは何と言ったんだっけ。  やっぱり、今と同じようにどうしたんだよと聞いて。  それから、きれいじゃないかと言った覚えがある。  田畑は照れながらも、すごく喜んでいたな。 「田畑はさ、そういう格好のほうが似合うんだよ。少なくとも、おれはそのほうが好きだ」  本心だった。  地味なほうが似合うだなんて言われて喜ぶやつはいないだろうし、着飾ってきて似合わないと言われれば誰だって傷つくだろう。  本音とはいえこんなことを言うなんて、おれはつくづく無神経なやつだ。  見ると、田畑は俯いている。  どんな表情をして、どんな気持ちでおれの言葉を聞いていたのか、想像もできない。 「そういえばこの間、他に好きな子ができたって言ったよな」  間もなく列車が到着します。  アナウンスの声。 「あれ、実は嘘なんだ」  緑の傘が、ぴくりと振るえる。  それきり、おれと田畑との間にはどんな言葉も生まれなかった。  いや、もしかすると、田畑は何か言ったのかもしれない。  停車する電車の音の前では、田畑の小さな声が聞こえるはずもないのだ。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!