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田畑は驚いた様子でおれを見ると、一瞬だけうつむいて、頷くようにぴくりと振るえてから、はい、と言った。
蚊が鳴いているのかと思ったよ。
この辺だけは、いやにはっきりと覚えている。
化粧の薄そうな顔がおどおどと応答する様が、とても魅力的に見えていたのだ。
「おれの傘、使う?」
朝の天気予報を信じたおれは、律儀に傘を持ってきていたんだよな。
折りたたみじゃなくって、杖として使えそうな雨傘。
五年間も使い続けたもので、壊れてこそいないものの、年季の入ったシロモノだった。
傘を差し出された田畑は、おどおどとした様子でごにょごにょとつぶやいた。
何を言っているのかは分からなかったけれど、おれは遠慮するなよと言って再び傘を差し出した。
「あげるよ。おれは大丈夫だからさ」
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