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こつり。
そんな音をたてながら、背を向けた彼女は一歩ずつ遠ざかる。
その後ろ姿を見送ることなく、僕はまた空に目をやる。
やっと帰るのか…
なんて、考えたのも束の間。
背を向け、この場から去るはずの彼女は、数歩足を踏み出した後、一度振り返って言葉を残した。
「センパイ、夜宴(ヤエ)は…
もう、居ませんからね」
「―――っ!」
『夜宴』
その名に、くらりと世界が揺れた気がしたのは、きっと錯覚じゃない。
大丈夫、ただの目眩。
僕の日常を何より壊して
何より平和を奪った彼女は…
もう、居ない。
それは、確かなこと。
そう言い聞かせるのが、今でも僕の精一杯。
「……知ってるよ」
小刻みに震える身体、どっと噴き出す汗。
それらに耐えながら口にした言葉は、ただの強がり。
「そうですか。それでは…
また、会いましょうね、
センパイ」
ニコリと再び初めと同じ笑みを浮かべて、彼女は僕の前から去った。
これが彼女、
春風 雪乃(ハルカゼユキノ)を初めて知った日の出来事だった。
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