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~紫~
弟子入りして何年たっただろう。
紫雨は頬杖をついて、外を見ながらぼんやり考えていた。
雪が深々と落ちている。
朝早い。
今は誰もいない。
人がいない方が良い。
時刻は決まっていないけれど、もう少しすれば他の弟子達がぞろぞろやって来るだろう。
その中で紫雨は一番若い。
だが、弟子の中では古参の部類だった。
雪かー。
紫雨は江戸の生まれではない。
江戸より北の山深い百姓の家に生まれた。
貧しかった。
作物が育たない。
春も夏も秋も景色はくすんでいた。
淡い訳ではない。
そんな綺麗な物ではない。
色がない。
朝も昼も夜も変わらない。
右を見ても左を見ても、それこそ上を見ても下を見ても、灰がかかっている様に精気がない所だった。
只、冬は違う。
白い。
一面、真っ白い。
何もないはずなのに、その白だけは鮮烈だった。
白く降る雪は田舎を思い出す。
嫌だ。
冬は良くない事が起こる。
白い景色の中に、黒い人影が浮かんだ日の事が忘れられない。
白が鮮烈だったのではないかも知れぬ。
その黒が怖いから白が嫌なのだ。
春に弟が生まれた。
可愛いと思った。
二人の兄と面倒を良く見ていた。
紫雨はまだ六つだった。
兄は十四と十二。
紫雨も兄達には可愛がって貰ったと思う。
川や山で良く遊んでいた記憶が頭の遠い所にある。
あれは夏だ。
紫雨の中では、思い出しても苦にならぬ少ない記憶だった。
だけど、兄達の顔はもう思い出せない。
秋が過ぎて、冬が来ると紫雨の家は貧しさを一層増した。
弟が生まれたせいかも知れない。
雪が降り出す頃に紫雨は父におぶられて、山に入った。
普段殆ど話さない父が、その日は珍しく紫雨に色々な話しをしてくれたのだった。
山の神様の事、田畑の事、母と父の事、兄達の事、それから紫雨が生まれ日の事を。
雪が降っていたそうだ。
その年のその日が一番寒かったと父は言った。
それでも、紫雨が生まれた事が嬉しかったと、紫雨の頭を撫でながら言った。
お父とお母の最後の子になると思っていたのだとも言っていた。
紫雨は可愛い子だとも。
良く分からなかったが、嬉しかった。父の手を握り締めてあばら家に帰った。
その晩は母が一緒に寝てくれた。
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