≪四≫

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朝、母の腕の中で目覚めた。 そんな事は初めてだった。 陽が昇る頃には父と母は既に働いていたから。 兄達も手伝いに出ていた。 弟も朝は母におぶられて家の中には居ない。 紫雨はいつも一人で目覚めていた。 だが、その日は違った。 温かい。 背中に回された手が自分をしっかり抱きしめていた。 起きたくないと思った。 昨日から何か違う。 薄く目を開けて、母越しに見た黄ばんで破れた障子の向こうは真っ白だった。 一晩で景色が一変していた。 小太郎に雪を触らしてやろうかな。 隅の方でぐずぐずとべそをかいている弟の事を考えた。 それをあやしている父の声を聞いて紫雨は、やはり今日はおかしい、何か変わった事があるのかと身を起こした。 その時ー 表の扉がそろりと開いた。 黒い影。 いや、闇か。 白い景色の中に、その黒だけが強烈に映った。 闇は言う。 喋るのか。 「貰い受ける」 あまりに低い声だった。 何の感情もない。 何の情景も浮かばない。 何の躊躇いもない。 「三番目と言うたな」 紫雨に回されていた母の手が石の様に硬くなった。 「こんなに朝早くから来ずとも」 父の狼狽した声が聞こえる。 三番目。 三番目。 果してこの家に三番目の物はあるだろうか。 物はある。 しかし、どれも一揃えがようやっとある物ばかりだった。 笠も一つ。 秤も一つ。 綿入れも一つ。 三つあるものなどありはしない。 只ー。 紫雨は自分が又造の三番目と言われた事を思い出した。 闇の眼が紫雨を射抜く。 「それか」 紫雨は動けなかった。 母が紫雨を隠しながら声を荒げた。 「すみませぬ。すみませぬ。やっぱり、できませぬ。できませぬ。お帰りを」 板床に敷いた、穴だらけの古座に、頭を擦り付けて泣いていた。 「おかみさん。俺は構わねえよ。だがあんたらこの冬、いいやこの先一日たりとも生きられねえだろう」 ひもじい。 そう言えばろくに飯を食っていない。 自分の腹の骨を紫雨は指で摩る。しかし肉のない指の骨があばら骨の間に食い込んでしまった。 「でも、この子はあたしの大事なー」 「おかみさん。俺は聞いたぜ、三番目と四番目どっちにするか」 三番目は紫雨。 何が起こるか紫雨は理解した。
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